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6.南国漂泊  

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1. 春曉(春眠不覺曉)
2. 留別王侍御維(寂寂竟何待)
3. 送杜十四之江南(荊呉相接水爲ク)
4. 送朱大入秦(遊人五陵去)
5. 望洞庭湖贈張丞相(八月湖水平)
6 宿桐廬江寄廣陵舊遊
7. 過故人莊(故人具鷄黍)
8. 送友入京(君登青雲去)
9. 歳暮帰南山(北闕休上書)
10. 夏日辮玉法師茅齋
11. 宿建徳江
12 與顔銭塘登二選 『望潮』 作
113. 下韓石

14. 輿黄侍御北津泛舟 孟浩然 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -309
15. けん山送張去非遊巴東(見山亭送朱大) 
16. けん山送蕭員外之荊州
17. 登けん山亭寄晉陵張少府
18. 澗南園即時貽皎上人
19. 南山下與老圃期種瓜
20. 田園作

21. 和賈主簿弁九日登?山
22. 与諸子登?山 (世の移ろい、季節の変化を詠う)
23. 輿黄侍御北津泛舟
24. ?山送張去非遊巴東(?山亭送朱大)
25. 九日懷襄陽
26. ?山餞房?、崔宗之
27. 傷?山雲表觀主
28. 大堤行寄萬七
29. 襄陽公宅飲
30. 夏日辮玉法師茅齋

31. 萬山潭作
    垂釣坐磐石,水清心亦閑。魚行潭樹下,猿掛島藤間。
    游女昔解佩,傳聞於此山。求之不可得,沿月棹歌還。
32. 登鹿門山
33. 夜歸鹿門山歌
34. 登安陽城樓
35. 題李十四莊兼贈?母校書
36. 行至漢川作
37. 久滯越中贈謝南池會稽賀少府
38. 晩泊潯陽望香爐峯
39. 曉入南山
40. 舟中曉望

41. 北澗泛舟
42. 初下浙江舟中口號
43. 問舟子





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1. 春曉(春眠不覺曉)
卷160_168 「春曉」孟浩然
     春眠不覺曉,處處聞啼鳥。
     夜來風雨聲,花落知多少。

2. 留別王侍御維(寂寂竟何待)
卷160_37 「留別王侍禦維」孟浩然
     寂寂竟何待,朝朝空自歸。
     欲尋芳草去,惜與故人違。
     當路誰相假,知音世所稀。
     祗應守索寞,還掩故園扉。

3. 送杜十四之江南(荊呉相接水爲ク)
卷160_180 「送杜十四之江南(一題作送杜晃進士之東?)」孟浩然
     荊?相接水為?,君去春江正E茫。
     日暮征帆何處泊,天涯一望斷人腸。

4. 送朱大入秦(遊人五陵去)
卷160_162 「送朱大入秦」孟浩然
     遊人武陵去,寶劍直千金。
     分手?相贈,平生一片心。

5. 望洞庭湖贈張丞相(八月湖水平)
卷160_5 「望洞庭湖,贈張丞相(一作臨洞庭)」孟浩然
     八月湖水平,涵?混太清。
     氣蒸雲夢澤,波撼岳陽城。
     欲濟無舟楫,端居恥聖明。
     坐觀垂釣者,空有羨魚情。

6. 宿桐廬江寄廣陵舊遊(山暝聽猿愁)
卷160_18 「宿桐廬江,寄廣陵舊游」孟浩然
     山暝聞猿愁,滄江急夜流。
     風鳴兩岸葉,月照一孤舟。
     建コ非吾土,維揚憶舊遊。
     還將兩行?,遙寄海西頭。

7. 過故人莊(故人具鷄黍)
    過故人莊 孟浩然  Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -311
     故人具?黍,邀我至田家。
     克村邊合,青山郭外斜。
     開筵面場圃,把酒話桑麻。
     待到重陽日,還來就菊花。

8. 送友入京(君登青雲去)
卷160_163 「送友人之京」孟浩然
     君登青雲去,予望青山歸。
     雲山從此別,?濕薜蘿衣。

9. 歳暮帰南山(北闕休上書)
卷160_87 「?暮歸南山(一題作歸故園作,一作歸終南山)」孟浩然
     北闕休上書,南山歸敝廬。
     不才明主棄,多病故人疏。
     白髮催年老,青陽逼?除。
     永懷愁不寐,松月夜窗?。

10 夏日辮玉法師茅齋
卷160_67 「夏日辨玉法師茅齋」孟浩然
     夏日茅齋裏,無風坐亦涼。
     竹林深筍?,藤架引梢長。
     燕覓??處,蜂來造蜜房。
     物華皆可玩,花蕊四時芳。

11 宿建徳江
卷160_175 「宿建コ江」孟浩然
     移舟泊煙渚,日暮客愁新。
     野曠天低樹,江清月近人。

12 悪顔銭塘登二選 『望潮』 作

13 下層石
卷160_157 「下?石」孟浩然
     ?石三百里,沿千嶂間。
     沸聲常活活,?勢亦潺潺。
     跳沫魚龍沸,垂藤猿?攀。
     榜人苦奔峭,而我忘險艱。
     放溜情彌?,登艫目自閑。
     暝帆何處宿,遙指落星灣。

14. 輿黄侍御北津泛舟 孟浩然 Kanbuniinkai紀頌之の漢詩李白特集350 -309
卷159_40 「與?侍禦北津泛舟」孟浩然
津無蛟龍患,日夕常安流。本欲避?馬,何如同鷁舟。
豈伊今日幸,曾是昔年遊。莫奏琴中鶴,且隨波上?。
堤?九裏郭,山面百城樓。自顧躬耕者,才非管樂儔。
聞君薦草澤,從此泛滄洲。

15. 見山送張去非遊巴東(見山亭送朱大)
卷160_135 「?山送張去非遊巴東(一題作?山亭送朱大)」孟浩然
?山南郭外,送別?登臨。沙岸江村近,松門山寺深。
一言予有贈,三峽爾將尋。祖席宜城酒,征途雲夢林。
蹉?遊子意,眷戀故人心。去矣勿淹滯,巴東猿夜吟。
 
16. ?山送蕭員外之荊州
卷160_133 「?山送蕭員外之荊州」孟浩然
?山江岸曲,郢水郭門前。自古登臨處,非今獨黯然。
亭樓明落照,井邑秀通川。澗竹生幽興,林風入管弦。
再飛鵬激水,一舉鶴沖天。佇立三荊使,看君駟馬旋。

17. 登?山亭寄晉陵張少府
卷160_161 「登?山亭,寄晉陵張少府」孟浩然
?首風湍急,雲帆若鳥飛。憑軒試一問,張翰欲來歸。

18. 澗南園即時貽皎上人
卷160_24 「澗南即事,貽皎上人」孟浩然
弊廬在郭外,素?惟田園。左右林野曠,不聞朝市喧。
釣竿垂北澗,樵唱入南軒。書取幽棲事,將尋靜者論。

19. 南山下與老圃期種瓜
卷160_88 「南山下與老圃期種瓜」孟浩然
樵牧南山近,林閭北郭?。先人留素業,老圃作鄰家。
不種千株橘,惟資五色瓜。邵平能就我,開徑剪蓬麻。

20. 田園作
卷159_46 「田園作」孟浩然
弊廬隔塵喧,惟先養恬素。卜鄰近三徑,植果盈千樹。
?余任推遷,三十猶未遇。書劍時將?,丘園日已暮。
晨興自多懷,晝坐常寡悟。沖天羨鴻鵠,爭食羞?鶩。
望斷金馬門,勞歌采樵路。?曲無知己,朝端乏親故。
誰能為揚雄,一薦甘泉賦。

21. 和賈主簿弁九日登?山
卷160_4 「和賈主簿弁九日登?山」孟浩然
楚萬重陽日,群公賞宴來。共乘休沐暇,同醉菊花杯。
逸思高秋發,歡情落景催。國人鹹寡和,遙愧洛陽才。

22. 与諸子登?山 (世の移ろい、季節の変化を詠う)
卷160_47 「與諸子登?山」孟浩然
人事有代謝,往來成古今。江山留勝跡,我輩複登臨。
水落魚梁淺,天寒夢澤深。羊公碑字在,讀罷?沾襟。

23. 輿黄侍御北津泛舟
卷159_40 「與?侍禦北津泛舟」孟浩然
津無蛟龍患,日夕常安流。本欲避?馬,何如同鷁舟。
豈伊今日幸,曾是昔年遊。莫奏琴中鶴,且隨波上?。
堤?九裏郭,山面百城樓。自顧躬耕者,才非管樂儔。
聞君薦草澤,從此泛滄洲。

24. ?山送張去非遊巴東(?山亭送朱大)
卷160_135 「?山送張去非遊巴東(一題作?山亭送朱大)」孟浩然
?山南郭外,送別?登臨。沙岸江村近,松門山寺深。
一言予有贈,三峽爾將尋。祖席宜城酒,征途雲夢林。
蹉?遊子意,眷戀故人心。去矣勿淹滯,巴東猿夜吟。


25. 九日懷襄陽
卷160_26 「九日懷襄陽」孟浩然
去國似如昨,倏然經杪秋。?山不可見,風景令人愁。
誰采籬下菊,應閑池上樓。宜城多美酒,歸與葛強遊。

26. ?山餞房?、崔宗之
卷160_39 「?山餞房?、崔宗之」孟浩然
貴賤平生隔,軒車是日來。青陽一覯止,雲路豁然開。
祖道衣冠列,分亭驛騎催。方期九日聚,還待二星回。

27. 傷?山雲表觀主
卷160_113 「傷?山雲表觀主」孟浩然
少小學書劍,秦?多?年。歸來一登眺,陵谷尚依然。
豈意餐霞客,溘隨朝露先。因之問閭裏,把臂幾人全。

28. 大堤行寄萬七
卷159_7 「大堤行寄萬七」孟浩然
大堤行樂處,車馬相馳突。??春草生,踏青二三月。
王孫挾珠彈,游女矜羅襪。攜手今莫同,江花為誰發。

29. 襄陽公宅飲
卷159_25 「襄陽公宅飲」孟浩然
窈窕夕陽佳,豐茸春色好。欲覓淹留處,無過狹斜道。
綺席捲龍須,香杯浮瑪瑙。北林積修樹,南池生別島。
手撥金翠花,心迷玉紅草。談笑光六義,發論明三倒。
座非陳子驚,門還魏公掃。榮辱應無間,歡?當共保。

30. 夏日辮玉法師茅齋
卷160_56 「夏日浮舟過陳大水亭(一作浮舟過滕逸人別業)」孟浩然
水亭涼氣多,閑棹?來過。澗影見松竹,潭香聞?荷。
野童扶醉舞,山鳥助酣歌。幽賞未雲遍,煙光奈夕何。

31. 萬山潭作
卷159_39 「萬山潭作」孟浩然
    垂釣坐磐石,水清心亦閑。魚行潭樹下,猿掛島藤間。
    游女昔解佩,傳聞於此山。求之不可得,沿月棹歌還。

32. 登鹿門山
卷159_35 「登鹿門山」孟浩然
清曉因興來,乘流越江?。沙禽近方識,浦樹遙莫辨。
漸至鹿門山,山明翠微淺。岩潭多屈曲,舟楫?回轉。
昔聞?コ公,采藥遂不返。金澗餌芝朮,石床臥苔蘚。
紛吾感耆舊,結攬事攀踐。隱跡今尚存,高風?已遠。
白雲何時去,丹桂空偃蹇。探討意未窮,回艇夕陽?。

33. 夜歸鹿門山歌
卷159_62 「夜歸鹿門山歌」孟浩然
山寺鐘鳴晝已昏,漁梁渡頭爭渡喧。人隨沙路向江村,
余亦乘舟歸鹿門。鹿門月照開煙樹,忽到?公棲隱處。
岩扉松徑長寂寥,惟有幽人夜來去。

34. 登安陽城樓
卷160_116 「登安陽城樓」孟浩然
縣城南面漢江流,江漲開成南雍州。才子乘春來騁望,
群公暇日坐銷憂。樓臺?映青山郭,羅綺晴驕告洲。
向夕波搖明月動,更疑神女弄珠游。

35. 題李十四莊兼贈?母校書
卷160_8 「題李十四莊,兼贈?毋校書」孟浩然
     聞君息陰地,東郭柳林間。左右?澗水,門庭?氏山。
     抱琴來取醉,垂釣坐乘閑。歸客莫相待,尋源殊未還。

36. 行至漢川作



37. 久滯越中贈謝南池會稽賀少府
卷160_130 「久滯越中,貽謝南池、會稽賀少府」孟浩然
陳平無?業,尼父倦東西。負郭昔雲翳,問津今亦迷。
未能忘魏闕,空此滯秦稽。兩見夏雲起,再聞春鳥啼。
懷仙梅福市,訪舊若耶溪。聖主賢為寶,君何隱遁棲。

38. 晩泊潯陽望香爐峯
卷160_51 「?泊潯陽望廬山」孟浩然
掛席幾千里,名山都未逢。泊舟潯陽郭,始見香爐峰。
嘗讀遠公傳,永懷塵外蹤。東林精舍近,日暮但聞鐘。

39. 曉入南山
卷160_97 「曉入南山」孟浩然
瘴氣曉氛?,南山複水雲。鯤飛今始見,鳥墜舊來聞。
地接長沙近,江從汨渚分。賈生曾吊屈,予亦痛斯文。

40. 舟中曉望
卷160_90 「舟中曉望」孟浩然
掛席東南望,青山水國遙。舳艫爭利?,來往接風潮。
問我今何去,天臺訪石橋。坐看霞色曉,疑是赤城標。

41.
卷160_167 「北澗泛舟」孟浩然
北澗流恒滿,浮舟觸處通。沿自有趣,何必五湖中。

42.
卷160_174 「初下浙江舟中口號」孟浩然
八月觀潮罷,三江越海潯。回瞻魏闕路,空複子牟心。

43.
卷160_176 「問舟子」孟浩然
向夕問舟子,前程複幾多。灣頭正堪泊,淮裏足風波。

44.
卷159_39 「萬山潭作」孟浩然
垂釣坐磐石,水清心亦閑。魚行潭樹下,猿掛島藤間。
游女昔解佩,傳聞於此山。求之不可得,沿月棹歌還。

45.
卷159_56 「早梅」孟浩然
園中有早梅,年例犯寒開。少婦曾攀折,將歸插鏡臺。
猶言看不足,更欲剪刀裁。




























































孟  浩  然
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盛唐の詩人。王維とともに「王孟」と並称され、山水自然派の詩人として知られるが、王維が自然の静的な面を客観的に歌うのに比して、より主観的に、自然を人間に親しいものとしてとらえる傾向を持つ。「春眠暁(あかつき)を覚えず」など、日本でも著名な作品が多い。襄陽出身。諱は浩、浩然は字。鹿門山に隠棲し、40才頃に進士に応じて落第し、王維との親交によって玄宗に謁見しながらも、「不才にして明主に棄てられ…」の句で官途を失い、郷里に隠棲した。襄陽長史に遷された張九齢の幕下に加わり、致仕後は江南を巡って王昌齢とも親交したが、まもなく襄陽で病死した。
 盛唐期にあって王維らとともに田園詩人群を形成し、王維とともに後の韋応物・柳宗元と併称される。ともに山水美を訴求しながら、王維の客観的・傍観的・静的態度と異なり、主観的・親近的・動的追及を旨とし、特に『春暁』は人口に膾炙している。

1. 春曉(春眠不覺曉)
2. 留別王侍御維(寂寂竟何待)
3. 送杜十四之江南(荊呉相接水爲ク)
4. 送朱大入秦(遊人五陵去)
5. 望洞庭湖贈張丞相(八月湖水平)
6 宿桐廬江寄廣陵舊遊
7. 過故人莊(故人具鷄黍)
8. 送友入京(君登青雲去)
9. 歳暮帰南山(北闕休上書)
10. 夏日辮玉法師茅齋
11. 宿建徳江
12. 與顔銭塘登二選 『望潮』 作
13. 下韓石


・若年は郷里の鹿門(ろくもん)山に隠棲(いんせい)。
・40歳ごろ初めて長安に出、王維(おうい)、張九齢(ちょうきゅうれい)らと交際してその才能を認められたが、科挙には及第せず、郷里へ帰った。
・のち荊州(けいしゅう)(湖北省)の長史に左遷された張九齢に招かれてその幕僚となったが、ほどなく辞任し、一生を不遇のうちに過ごした。
・王維とともに「王孟」と並称され、山水自然派の詩人として知られるが、王維が自然の静的な面を客観的に歌うのに比して、より主観的に、自然を人間に親しいものとしてとらえる傾向をもつ。

 若い頃から各地を放浪し、義侠の振る舞いで人々と交流した。また後漢の?徳公や皮日休ゆかりの鹿門山(襄樊市)に隠棲したこともあった。玄宗の世となってから長安に赴き仕官しようとするが、科挙に及第していないのでかなわなかった。しかし、孟浩然を気に入った韓朝宗との約束を、飲み会のためにすっぽかして朝廷への推薦をだめにしたり、王維の取り成しで玄宗皇帝の前に出ても不平不満を詩にして玄宗皇帝を怒らせる(歳暮帰南山)など、立身出世には関心が薄かったようにもみえる。

 孟浩然の詩は広く知れ渡り、王維・李白・張九齢らと親しく交際した(李白には「黄鶴樓送孟浩然之廣陵」という作品がある)。740年、背中にできものがあって調子の悪かった孟浩然は、訪ねてきた王昌齢を歓待するあまり容態が悪化して亡くなった。

 
 山水田園詩人・自然詩人としての孟浩然とその自然描写の作品に対する、我が国における代表的な評価を確認しておきたい。我が国のものとしては、まず、小川環樹氏の評価を取り上げるべきであろう。小川氏は、王維と孟浩然とを比較し、王維が傍観者としての態度をもちつづけ、政治に対してのみならず、風景を歌うにも遠景を愛するのに」対して、孟浩然は「より情熱的な詩人」であるとし、「孟浩然の目をとおした自然はもっと人間に親近したものなのである。」とする。また、「孟浩然の詩中の風物は活動的であり、王維のはいつそう静止的だといえるだろうか。王維には枯れさびた色相があり、孟には明朗な気分があることにもなる。」とも言う。小川氏は、このように、孟浩然詩の特徴として情熱性・活動性・明朗さを指摘しており、またそれは妥当であると考えられる。

209 孟浩然



2. 留別王侍御維    孟浩然
留別王侍御維 孟浩然
王維侍御に詩を書き残して別れ行く。 
寂寂竟何待,朝朝空自歸。
ひっそりとして何のおとさた進展もなく、この上何を待っていたらよいというのか。 毎朝いつも、むなしく自分から決着をつけて決断して帰ることにする。
欲尋芳草去,惜與故人違。
この上は、芳(かぐわ)しい草の咲くところや薬草を尋ねて隠棲したしようと去る。残念なことだが、古くからの友人の王維君と別れることとなる。
當路誰相假,知音世所稀。
重要な地位についている者の誰に頼っていこうかとしても王維君あなたぐらいのものしかいない。真実の理解者は、世に稀(まれ)なものということだ。 
祗應守索寞,還掩故園扉。
ただ、こうなったら、隠遁者の侘(わ)び・寂(さ)びの気持ちを固守していくのだ。なおまた、故郷の隠棲居所のトビラを閉ざして浮き世との交渉を断とうとおもっている。


王侍御維に留別す      
寂寂(せきせき)  竟つひに何をか待たん,朝朝(てうてう)  空しく自(みづ)から歸る。
芳草(はうさう)を  尋(たづね)んと欲ほっして去り,惜をしむらくは  故人と違たがふ。
當路(たう ろ)  誰(たれ)か 相(あひ)假(かり)ん,知音(ち いん)  世に稀(まれ)なる所。
祗(ただ)應(まさ)に  索寞(さくばく)を守り,還(また)  故園の扉を掩(おほふ)べし。



現代語訳と訳註
(本文)留別王侍御維
寂寂竟何待,朝朝空自歸。
欲尋芳草去,惜與故人違。
當路誰相假,知音世所稀。
祗應守索寞,還掩故園扉。


(下し文)王侍御維に留別す      
寂寂せきせき  竟つひに何をか待たん,朝朝てうてう  空しく自みづから歸る。
芳草はうさうを  尋たづねんと欲ほっして去り,惜をしむらくは  故人と違たがふ。
當路たう ろ  誰たれか 相あひ假かりん,知音ち いん  世に稀まれなる所。
祗ただ應まさに  索寞さくばくを守り,還また  故園の扉を掩おほふべし。


(現代語訳)
王維侍御に詩を書き残して別れ行く。 
ひっそりとして何のおとさた進展もなく、この上何を待っていたらよいというのか。 毎朝いつも、むなしく自分から決着をつけて決断して帰ることにする。
この上は、芳(かぐわ)しい草の咲くところや薬草を尋ねて隠棲したしようと去る。残念なことだが、古くからの友人の王維君と別れることとなる。
重要な地位についている者の誰に頼っていこうかとしても王維君あなたぐらいのものしかいない。真実の理解者は、世に稀(まれ)なものということだ。 
ただ、こうなったら、隠遁者の侘(わ)び・寂(さ)びの気持ちを固守していくのだ。なおまた、故郷の隠棲居所のトビラを閉ざして浮き世との交渉を断とうとおもっている。


(訳注)
留別王侍御維
王維侍御に詩を書き残して別れ行く。 
○就職活動で挫折して、不本意なまま郷里に帰っていく時の詩になろう。 
○留別 旅立つ人が詩を書き残して別れる。とどまる人へのいとまごいの詩を作る。「送別」の対義語。○王侍御維 侍御の官位にある王維。〔姓+官職+名〕と表現する。王維侍御。 ○侍御 天子の側に仕える官。


寂寂竟何待、朝朝空自歸。
ひっそりとして何のおとさた進展もなく、この上何を待っていたらよいというのか。 毎朝いつも、むなしく自分から決着をつけて決断して帰ることにする。
○寂寂 ひっそりとして寂しい。 ○竟 ついに。とうとう。 ○何 何をか。反問、反語の語気。 ○待 まつ。待機する。○朝朝 毎朝。朝朝には白居易の『長恨歌』に「聖主朝朝暮暮情」楚の襄王が巫山で夢に神女と契った時、神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になるといった故事がある。宋玉『高唐賦』によると、楚の襄王と宋玉が雲夢の台に遊び、高唐の観を望んだところ、雲気(雲というよりも濃い水蒸気のガスに近いもの)があったので、宋玉は「朝雲」と言った。襄王がそのわけを尋ねると、宋玉は「昔者先王嘗游高唐,怠而晝寢,夢見一婦人…去而辭曰:妾在巫山之陽,高丘之阻,旦爲朝雲,暮爲行雨,朝朝暮暮,陽臺之下。」と答えた。「巫山之夢」に基づく。○空 いたずらに。むなしく。○自歸 自分で結末をつける。自分から諦めて帰る意で、決意して帰ること。


欲尋芳草去、惜與故人違。
この上は、芳(かぐわ)しい草の咲くところや薬草を尋ねて隠棲したしようと去る。残念なことだが、古くからの友人の王維君と別れることとなる。
○欲 …たい。…う。 ○尋 訪問する。たずねる。○芳草 よいかおりのする草。春の草。薬草を摘みとる。○尋…去:…を訪問しに行く。○惜 残念な(ことには)。惜しい(ことには)。 ○與 …と。○故人 古くからの友だち。旧友。ここでは、王維を指す。 ○違 離れる。遠ざかる。去る。


當路誰相假、知音世所稀。
重要な地位についている者の誰に頼っていこうかとしても王維君あなたぐらいのものしかいない。真実の理解者は、世に稀(まれ)なものということだ。 
○當路 重要な地位についている者。要路にいる者。 ○相 …ていく。○假 借りる。よる。請う。○知音 知己。自分の琴の演奏の良さを理解していくれる親友のこと。伯牙は琴を能くしたが、鍾子期はその琴の音によって、伯牙の心を見抜いたという。転じて自分を理解してくれる知人。 ○所- …(とする)ところ。動詞などに附いて、名詞化するする働きをする。○稀 まれ(だ)。


祗應守索寞、還掩故園扉。
ただ、こうなったら、隠遁者の侘(わ)び・寂(さ)びの気持ちを固守していくのだ。なおまた、故郷の隠棲居所のトビラを閉ざして浮き世との交渉を断とうとおもっている。
○祗應 ただ…だけだろう。ただまさに。ちょうど…だろう。=只應。○祗 只(ただ)。○應 当然…であろう。まさに…べし。○守 固持する。○索寞 失意のさま。もの寂しいさま。○還 また。なおもまた。 ・掩 閉じる。 ・故園 故郷。現・湖北省襄陽の鹿門山。 ○扉 とびら。開き戸。ここでは柴扉のことで、粗末な隠居所の扉の意になる。 ○掩 …扉 トビラを閉ざして(浮き世との交渉を断つ)。




孟浩然


210 3. 送杜十四之江南
荊呉相接水爲ク,君去春江正E茫。
日暮弧舟何處泊,天涯一望斷人膓。

杜十四の 江南に 之(ゆ)くを 送る       
荊呉(けいご) 相ひ接して  水 クと爲す,
君 去りて 春江  正に E茫(べうばう)。
日暮 弧舟 何(いづ)れの處にか 泊する,
天涯 一望  人の膓(はらわた)を 斷つ。


荊の地方と呉の地方とは、接していて、水郷となっている、あなたが(これから)ゆく春の川は、ちょうど水が広々と拡がっている。
日が暮れると、一つだけ旅する小舟はどこに泊(とま)ることになるのだろうか、空のはてまでを見渡すと、断腸の思いがする。

解説
送杜十四之江南: 杜家の十四男が江南方面赴任に対しての詩。
*この詩のイメージは同時代人の李白『黄鶴樓送孟浩然之廣陵』「故人西辭黄鶴樓,煙花三月下揚州。孤帆遠影碧空盡,惟見長江天際流。」に似ている。・送:見送る。 ・杜十四:杜家の十四男。十四は排行。 ・之:行く。≒行。 ・江南:長江下流以南の地。

荊呉相接水爲ク:荊の地方と呉の地方とは、接していて、水郷となっている。 ・荊呉:〔けいご〕荊は楚の国の別名。現在の湖北、湖南省あたり。呉は現在の江蘇省。 ・相接:つながっている。 ・爲ク:里とする。くにとなる。水郷となる。 ・水爲ク:水郷となっている。

君去春江正E茫:あなたが(これから)ゆく春の川は、ちょうど水が広々と拡がっている。 ・君去:言うまでもないことを書いて恐縮だが、ここの「去りて(去って)」と訓むところの「…て」は、国語の口語文法の完了の助動詞ではない。 ・春江:春の川(の流れ)。 ・正:ちょうど。 ・E茫:〔びょうぼう〕水の広々としたさま。≒渺茫。

日暮弧舟何處泊:日が暮れると、一つだけ旅する小舟はどこに泊(とま)ることになるのだろうか。 ・日暮:日が暮れる。日暮れ。両義あり。ここでは前者の意。 ・弧舟:ぽつんと一つだけある小舟。一人旅や、ひとりぼっちの人生をも謂う。 ・何處:どこ。 ・泊:〔はく〕とまる。(船を)船着き場にとめる。
天涯一望斷人膓:空のはてまでを見渡すと、断腸の思いがする。 ・天涯:〔てんがい;tian1ya2○○〕空のはて。 ・一望:広い眺めを一目で見渡すこと。 ・斷人膓:断腸の思いをさせる。「斷人膓」という構文は使役表現に近い働きを持つ。






210 4. 送朱大入秦   孟浩然


送朱大入秦
遊人五陵去,寶劍直千金。
分手脱相贈,平生一片心。

朱大の秦に入るを 送る
遊人 五陵に 去る,寶劍 直(あたひ)千金。
手を分つとき 脱して 相ひ贈る,平生 一片の心。



侠客であるあなたは長安の游侠の徒の多く住む五陵に行くというこれはわたしが宝として大切に秘蔵する剣で、その値は千金になる。 
別れに際して、これをはずしてあなたに贈ろう。普段からのわたしのあなたに対する心を表すために。

解説
送朱大入秦
朱家の長男が旧秦地である長安に行くのを送別する。 
○送 見送る。送別する。○朱大 朱家の長男。「大」は排行で長男の意。○入秦 長安に行く。旧秦地である関中に行く。陝西南部に入る。
東晉・陶潛の『詠荊軻』
燕丹善養士,志在報強?;招集百夫良,?暮得荊卿。
君子死知己,提劍出燕京。素驥鳴廣陌,慷慨送我行。
雄髮指危冠,猛氣沖長纓。飲餞易水上,四座列群英。
漸離?悲筑,宋意唱高聲,蕭蕭哀風逝,淡淡寒波生。
商音更流涕,羽奏壯士驚;心知去不歸,且有後世名。
登車何時顧,飛蓋入秦庭。?脂z萬裏,逶?過千城。
圖窮事自至,豪主正?營,惜哉劍術疏,奇功遂不成。
其人雖已沒,千載有餘情。



遊人五陵去、寶劍直千金。
侠客であるあなたは長安の游侠の徒の多く住む五陵に行くというこれはわたしが宝として大切に秘蔵する剣で、その値は千金になる。 
遊人 侠客。遊客。職業を持たないで遊んでいる人。○五陵 長安の游侠の徒の多く住む所の名。
李白『少年行』「五陵年少金市東,銀鞍白馬度春風。落花踏盡遊何處,笑入胡姫酒肆中。」・五陵 高祖劉邦の長陵、恵帝劉盈の安陵、景帝劉啓の陽陵、武帝劉徹の茂陵、昭帝劉弗之の平陵をいう。○ 去る。行く。○寶劍:宝として大切に秘蔵する剣。 ・ ねうち。値段。値。○千金 大金。

李白と道教48襄陽歌 @

落日欲沒山西,倒著接花下迷。襄陽小兒齊拍手,街爭唱白銅。傍人借問笑何事,笑殺山公醉似泥。杓,鸚鵡杯。百年三萬六千日,一日須傾三百杯。遙看漢水鴨頭香C恰似葡萄初醗。此江若變作春酒,壘麹便築糟丘臺。千金駿馬換小妾,笑坐雕鞍歌落梅。車旁側挂一壺酒,鳳笙龍管行相催。咸陽市中歎黄犬,何如月下傾金罍。君不見晉朝羊公一片石,龜頭剥落生莓苔。涙亦不能爲之墮,心亦不能爲之哀。清風朗月不用一錢買,玉山自倒非人推。舒州杓,力士鐺。李白與爾同死生,襄王雲雨今安在,江水東流猿夜聲。」


李白 89 將進酒(李白と道教)

「君不見黄河之水天上來,奔流到海不復回。君不見高堂明鏡悲白髮,朝如青絲暮成雪。人生得意須盡歡,莫使金尊空對月。天生我材必有用,千金散盡還復來。烹羊宰牛且爲樂,會須一飮三百杯。岑夫子,丹丘生。將進酒,杯莫停。與君歌一曲,請君爲我傾耳聽。鐘鼓饌玉不足貴,但願長醉不用醒。古來聖賢皆寂寞,惟有飮者留其名。陳王昔時宴平樂,斗酒十千恣歡謔。主人何爲言少錢,徑須沽取對君酌。五花馬,千金裘。呼兒將出換美酒,與爾同銷萬古愁。

分手脱相贈、平生一片心。
別れに際して、これをはずしてあなたに贈ろう。普段からのわたしのあなたに対する心を表すために。 
分手 別れる。関係を絶つ。○ とる。はずす。○相贈 〜に贈る。○ 〜ていく。動詞の前に附き、動作が対象に及ぶ表現。○平生 ふだん。平素。平常。○一片心 ひとつの心

哭晁卿衡 李白  Kanbuniinkai紀頌之の漢詩 李白特集350- 163

日本晁卿辭帝都,征帆一片遶蓬壺。
明月不歸沈碧海,白雲愁色滿蒼梧。


孟浩然


210 5. 望洞庭湖贈張丞相    
望洞庭湖贈張丞相
八月湖水平,涵虚混太C。
氣蒸雲夢澤,波撼岳陽城。
欲濟無舟楫,端居恥聖明。
坐觀垂釣者,徒有羨魚情。

洞庭湖を望み 張丞相に贈る      
八月 湖水 平らかに,虚【きょ】を涵【ひた】して  太C【たいせい】に混ず。
氣は蒸【む】す 雲夢【うんぼう】澤【たく】,波は撼【ゆる】がす 岳陽【がくよう】城。
濟【わた】らんと欲するに 舟楫【しゅうしふ】無く,端居して 聖明【せいめい】に恥づ。
坐して 釣を垂る者を 觀【み】るに,徒【いたづら】に 魚【うお】を羨【うらや】むの情 有り。

現代語訳と訳註
(本文)望洞庭湖贈張丞相
八月湖水平,涵虚混太C。
氣蒸雲夢澤,波撼岳陽城。
欲濟無舟楫,端居恥聖明。
坐觀垂釣者,徒有羨魚情。

(下し文)洞庭湖を望み 張丞相に贈る      
八月 湖水 平らかに,虚【きょ】を涵【ひた】して  太C【たいせい】に混ず。
氣は蒸【む】す 雲夢【うんぼう】澤【たく】,波は撼【ゆる】がす 岳陽【がくよう】城。
濟【わた】らんと欲するに 舟楫【しゅうしふ】無く,端居して 聖明【せいめい】に恥づ。
坐して 釣を垂る者を 觀【み】るに,徒【いたづら】に 魚【うお】を羨【うらや】むの情 有り。


(現代語訳)
洞庭湖を望み、その情景を詩として張九齢丞相に贈る。
仲秋、八月洞庭湖の湖水は平らかである。うつろな穴湖の窪みのおくまで水で涵(ひた)し、大空と水面は混じり合っている。
靄(もや)は、雲夢沢の大きな湿地帯、湖に湧き上がってきている。波は、岳陽城に打ち寄せて、揺るがせている。
渡ろうとするが、舟とかじ、天子をたすける臣下の仕官するつてが無く、渡りたいが、つても無く、何事もしないでぼんやりと平生を過ごしているのは、聖明の天子様に恥じ入るばかりである。
坐って釣糸を垂れている者を見ていると、自分から釣られていく魚を羨む気持ち、それは仕官したいと願う気持ちが無闇に起こってくる。 


(訳注)
望洞庭湖贈張丞相
洞庭湖を望み、その情景を詩して張九齢丞相に贈る。
○洞庭湖 湖南省北東部にある中国最大の淡水湖。湘水(湘江)、?水(?江)などが流れ込んで長江に注ぐ。湖畔や湖中には岳陽楼や君山などがあり、瀟湘八景などの名勝に富む。
杜甫『登岳陽樓』
昔聞洞庭水,今上岳陽樓。呉楚東南?,乾坤日夜浮。
親朋無一字,老病有孤舟。戎馬關山北,憑軒涕泗流。
○張丞相 張九齢。或いは、張説。○丞相 天子を助けて政治を行う最高の官。宰相。総理大臣。相国。


八月湖水平,涵虚混太C。
仲秋、八月洞庭湖の湖水は平らかである。うつろな穴湖の窪みのおくまで水で涵(ひた)し、大空と水面は混じり合っている。
○八月 旧暦の中秋八月で、今の九月から十月。○湖水 洞庭湖の湖水。○涵虚 〔かんきょ〕澄み切った湖水。大地の窪み(虚(きょ))を涵(ひた)す澄んだ湖水。杜甫『登岳陽樓』「呉楚東南?,乾坤日夜浮。」 ということ。)○太C 大空。天空。


氣蒸雲夢澤,波撼岳陽城。
靄(もや)は、雲夢沢の大きな湿地帯、湖に湧き上がってきている。波は、岳陽城に打ち寄せて、揺るがせている。
○氣蒸 霞(かすみ)や靄(もや)がわきあがる。○雲夢澤 〔うんぼうたく〕春秋・楚の国にあった大きな湖と大きな湿地帯。現・湖北省南部一帯。北限は安陸、南限は長江で、長江を夾んで洞庭湖・岳陽に近く、東は武漢、西は沙市一帯にあった、一辺100キロメートルほどで、洞庭湖の五、六倍ある広い湖沼。(北:安陸、南:岳陽、東:武漢、西は沙市。これで囲まれる内側が雲夢沢。また、長江北岸にあった沢を雲沢、南岸の夢沢、合わせて雲夢沢ともいう。○撼【かん】動かす。揺るがす。騒がす。○岳陽城 湖南省の北端の洞庭湖の東北に位置し、長江へ連なる水路の口にある岳陽の街。なお、その西門が岳陽楼。


欲濟無舟楫,端居恥聖明。
渡ろうとするが、舟とかじ、天子をたすける臣下の仕官するつてが無く、渡りたいが、つても無く、何事もしないでぼんやりと平生を過ごしているのは、聖明の天子様に恥じ入るばかりである。  
○欲 …たい。…う。○濟:渡る。○舟楫 天子の政治を助ける臣下の喩え。本来の意は、舟と楫(かじ)。ここは、前者の意。○端居 閑居。ふだん。平生。○恥:(自分の悪いところを認めて)はじいる。○聖明 天子を呼ぶ尊称。天子の明徳。すぐれた聡明さ。


坐觀垂釣者,徒有羨魚情。
坐って釣糸を垂れている者を見ていると、自分から釣られていく魚を羨む気持ち、それは仕官したいと願う気持ちが無闇に起こってくる。 
○坐觀 坐って観察する。よそ事のように見る。○垂釣者 釣り針を垂れて、釣りをしている者。ここでは、太公望を謂う。周・文王の賢臣・呂尚のこと。呂尚が渭水の岸で釣りをしていた時、文王が見いだし、「我が太公が待ち望んでいた人物だ」と喜び、太公望と呼んだ。武王を佐(たす)けて殷の紂王を滅ぼし、功によって斉に封じられた。『史記・齊太公世家』「呂尚蓋嘗窮困,年老矣,以漁釣奸周西伯。西伯將出獵,卜之,曰『所獲非龍非?,非虎非羆;所獲霸王之輔』。於是周西伯獵,果遇太公於渭之陽,與語大説,曰:『自吾先君太公曰『當有聖人適周,周以興』。子真是邪?吾太公望子久矣。』故號之曰『太公望』,載與倶歸,立爲師。」とあり、晩唐・温庭?の『渭上題三首』之三に「煙水何曾息世機,暫時相向亦依依。所嗟白首?谿叟,一下漁舟更不歸。」○徒有 いたずらに起こってくる。むなしく起こってくる。漫然と起こってくる。○羨魚情 (釣られていく)魚を羨む気持ち。(何もしないで)仕官していく者を羨ましく思う気持ち。「太公望」については「姜太公釣魚」〔自発的に自分で罠にかかる(魚)=姜太公(呂尚)は真っ直ぐな針で魚を釣り、世を避けていた。従って、姜太公の針で釣られるものは自分から好んでかかったものである〕ということで、作者も釣られたい=仕官したいということを詠う。渭水で釣りをしていたところを文王が「これぞわが太公(祖父)が待ち望んでいた人物である」と。羨魚という語は『漢書・禮樂志』に「古人『淮南子』有言:臨淵羨魚,不如歸而結網。」とある。




209 孟浩然06 過故人莊(故人具鷄黍)

6. 過故人莊    孟浩然
故人具鷄黍,邀我至田家。
克村邊合,青山郭外斜。
開筵面場圃,把酒話桑麻。
待到重陽日,還來就菊花。

過故人莊
古い友人の邑里へ行く。
故人具鷄黍,邀我至田家。
古い友人が、鶏(ニワトリ)と黍(きび)の料理でわたし心からもてなしをしてくれる準備している。わたしはその友人の農家に招いてくれたので行ったのだ。
克村邊合,青山郭外斜。
緑の樹々が、村の周囲に繁り合わさっている。はるかとおくに青く春の?山が、襄陽城郭の外側、向こうの方に斜めに見えている。 
開筵面場圃,把酒話桑麻。
穀類を乾燥させる庭に面したところに筵をひろげて、酒盃をとって、桑や麻の故事、商山芝であるとか、東陵の瓜のことなど、人の「道」の事を話題にするのだ。
待到重陽日,還來就菊花。
今度は、九月九日の重陽の節句を待って、菊花を愛で、菊花酒を飲みたいとおもうので、また友人の家を訪れるのだ。


故人の莊に過ぎる      
故人 鷄黍(けいしょ)を 具(そろ)へ、我を邀(むか)へて 田家(でんか)に 至らしむ。
克 村邊(そんぺん)に 合(がっ)し、青き山 郭外(かくがい)に 斜めなり。
筵(むしろ)を開きて 場圃(じょうほ)に 面し、酒を把(とり)て 桑麻(そうま) を 話す。
重陽(ちょうよう)の日を 待ち到り、還(また)來(きた)りて 菊花(きくか)に就(つ)かん。





現代語訳と訳註
(本文)過故人莊
故人具鶏黍,邀我至田家。
克村邊合,青山郭外斜。
開筵面場圃,把酒話桑麻。
待到重陽日,還來就菊花。


(下し文)
故人の莊に過ぎる      
故人 鷄黍(けいしょ)を 具(そろ)へ、我を邀(むか)へて 田家(でんか)に 至らしむ。
克 村邊(そんぺん)に 合(がっ)し、青き山 郭外(かくがい)に 斜めなり。
筵(むしろ)を開きて 場圃(じょうほ)に 面し、酒を把(とり)て 桑麻(そうま) を 話す。
重陽(ちょうよう)の日を 待ち到り、還(また)來(きた)りて 菊花(きくか)に就(つ)かん。


(現代語訳)
古い友人の邑里へ行く。
古い友人が、鶏(ニワトリ)と黍(きび)の料理でわたし心からもてなしをしてくれる準備している。わたしはその友人の農家に招いてくれたので行ったのだ。
緑の樹々が、村の周囲に繁り合わさっている。はるかとおくに青く春の?山が、襄陽城郭の外側、向こうの方に斜めに見えている。 
穀類を乾燥させる庭に面したところに筵をひろげて、酒盃をとって、桑や麻の故事、商山芝であるとか、東陵の瓜のことなど、人の「道」の事を話題にするのだ。
今度は、九月九日の重陽の節句を待って、菊花を愛で、菊花酒を飲みたいとおもうので、また友人の家を訪れるのだ。


(訳注)
過故人莊
古い友人の邑里へ行く。
陶淵明(陶潛)の
『歸園田居』五首其二
野外罕人事,窮巷寡輪鞅。白日掩荊扉,虚室絶塵想。
時復墟曲中,披草共來往。相見無雜言,但道桑麻長。
桑麻日已長,我土日已廣。常恐霜霰至,零落同草莽。
卷159_46 「田園作」孟浩然
弊廬隔塵喧,惟先養恬素。卜鄰近三徑,植果盈千樹。
?余任推遷,三十猶未遇。書劍時將?,丘園日已暮。
晨興自多懷,晝坐常寡悟。沖天羨鴻鵠,爭食羞?鶩。
望斷金馬門,勞歌采樵路。?曲無知己,朝端乏親故。
誰能為揚雄,一薦甘泉賦。
○故人 昔からの友人。古いなじみ。 古い友人。○莊 邑里。いなか。街の郊外の田園にかこまれた数軒の家が固まったようなところ



故人具鶏黍,邀我至田家。
古い友人が、鶏(ニワトリ)と黍(きび)の料理でわたし心からもてなしをしてくれる準備している。わたしはその友人の農家に招いてくれたので行ったのだ。
○具 そろえる。支度をする。準備をする。○鷄黍〔けいしょ〕ニワトリを殺し、きび飯をたいてもてなすこと。転じて、人を心からもてなすこと。 ○邀 〔えう〕まねく。呼ぶ。迎える。 ○至 行き着く。くる。 ○田家 〔でんか〕いなか家。農家。



克村邊合,青山郭外斜。
緑の樹々が、村の周囲に繁り合わさっている。はるかとおくに青く春の?山が、襄陽城郭の外側、向こうの方に斜めに見えている。 
○村邊 村の周り。村はずれ。 ○合 合わさる。いっしょにする。ひとまとめにする。
○郭外 襄陽城郭の外側、向こう側。孟浩然の自然を動的に表現、遠近法的表現する。また、青は五行思想で春を意味する。孟浩然は、春の季語として、青山を使っている。『?山餞房?、崔宗之』『登安陽城樓』『舟中曉望』『送友人之京』などに見える。城郭の向こうに小高い山、春の?山を遙かに望むことを意味する。そびえる山には斜めという表現をしない。この「青き山」は次の「桑麻」の語にかかり、邵平などの故事に繋がっていく。


開筵面場圃,把酒話桑麻。
穀類を乾燥させる庭に面したところに筵をひろげて、酒盃をとって、桑や麻の故事、商山芝であるとか、東陵の瓜のことなど、人の「道」の事を話題にするのだ。
○開筵 酒宴の筵を開く意。 ○面 面する。向かう。 ○場圃 〔じょうほ〕農家の前の穀物を干す広場。家の前の穀物干し場。○把酒 酒器、酒盃を持つ。 ○話 話す。後出・陶潛の『歸園田居』其二でいえば「道」。○桑麻 〔そうま〕桑(くわ)と麻(あさ)。商山芝、とか、東陵の瓜、など故事について、話をすること。桑は絹、麻は麻布を意味し、穀物以外に農事の基本であり、貨幣と同じ扱いであったもの。ここでは、人の「道」の話をすることである。前の聯での青山もこの句の桑麻にかかっている。この句までは春の時期の話である。次に秋に移っていく。「古風」 第九首李白109
喜晴 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 157


待到重陽日,還來就菊花。
今度は、九月九日の重陽の節句を待って、菊花を愛で、菊花酒を飲みたいとおもうので、また友人の家を訪れるのだ。
○待到− …になるのを待って。 ○重陽 陰暦九月九日。九は陽の数の極みで、九が重なるから重陽という。この日、高い所に登り、家族を思い、菊酒を飲んで厄災を祓う慣わし。菊の節供。この日、茱萸(しゅゆ、朝鮮呉茱萸を神の毛に挿しておく。 ○還 また。 ○就 つく。近づく。 ○菊花 重陽の日に吉祥を呼ぶとされて、珍重される花。


広陵の人、邵平は、秦の時代に東陵侯であったが、秦が漢に破れると、平民となり、青門の門外で瓜畑を経営した。瓜はおいしく、当時の人びとはこれを東陵の瓜 押とよんだ。

○商山芝 商山は長安の東商商州にある山の名、漢の高祖の時四人の老人があり秦の乱をさけでその山に隠れ芝を採ってくらした。中国秦代末期、乱世を避けて陝西(せんせい)省商山に入った東園公・綺里季・夏黄公・里(ろくり)先生の四人の隠士。みな鬚眉(しゅび)が皓白(こうはく)の老人であったのでいう。○往者 さきには、これも昔時をさす。○東門瓜 漢の初め、剣スというものが長安の城の東門外で五色の瓜を作って売っていた、彼はもと秦の東陵侯であったという。


李白『古風其九』「青門種瓜人。 舊日東陵侯。」 ・種瓜人 広陵の人、邵平は、秦の時代に東陵侯であったが、秦が漢に破れると、平民となり、青門の門外で瓜畑を経営した。瓜はおいしく、当時の人びとはこれを東陵の瓜 押とよんだ。
東陵の瓜 召平は、広陵の人である。世襲の秦の東陵侯であった。秦末期、陳渉呉広に呼応して東陵の街を斬り従えようとしたが失敗した。後すぐに陳渉が敗死し、秦軍の脅威に脅かされた。長江の対岸の項梁勢力に目をつけ、陳渉の使者に成り済まし項梁を楚の上柱国に任命すると偽り、項梁を秦討伐に引きずり出した。後しばらくしてあっさり引退し平民となり、瓜を作って悠々と暮らしていた。貧困ではあったが苦にする様子も無く、実った瓜を近所の農夫に分けたりしていた。その瓜は特別旨かったので人々は『東陵瓜』と呼んだ。召平は、かつて秦政府から東陵侯の爵位を貰っていたからである。後、彼は漢丞相の蕭何の相談役となり、適切な助言・計略を蕭何に与えた。蕭何は、何度も彼のあばら家を訪ねたという。蕭何が蒲団の上で死ねたのも彼のおかげである。

喜晴  杜甫
皇天久不雨,既雨晴亦佳。出郭眺四郊,蕭蕭搶t華。
青?陵陂麥,窈窕桃李花。春夏各有實,我饑豈無涯。』
干戈雖放,慘澹鬥龍蛇。甘澤不猶愈,且耕今未?。
丈夫則帶甲,婦女終在家。力難及黍稷,得種菜與麻。』
千載商山芝,往者東門瓜。其人骨已朽,此道誰疵瑕?
英賢遇轗軻,遠引蟠泥沙。顧慚味所適,回手白日斜。
漢陰有鹿門,滄海有靈?。焉能學?口,咄咄空咨嗟!』






209 孟浩然07 宿桐廬江寄廣陵舊遊

宿桐廬江寄廣陵舊遊
        孟浩然
山暝聽猿愁,滄江急夜流。
風鳴兩岸葉,月照一孤舟。
建コ非吾土,維揚憶舊遊。
還將兩行涙,遙寄海西頭。

「桐廬江に宿して 広陵の旧遊に寄す」
山は暗くなってもの悲しい猿の鳴き声を聽く、青々として深い川は急な流れで夜も流れている。
風は、兩岸の木の葉を鳴らして、月は、一人の旅人の孤舟を照らしている。
上述のような悲愴な感じが漂う)建コ(現・浙江省桐廬県の南)は、わたしの故郷・本拠地とするところではなく。
維揚(現・揚州)に昔出かけたときの人(この詩を差し出す相手のこと)のことを思い出している。
なおまた、二筋の涙をもって。 遙かに海西(江蘇省)のほとりのあなたの許(もと)に、この詩文を差しだそう。



桐廬江に宿して 廣陵の舊遊に寄す      
山 暝(くらく)して 猿愁を聽き,
滄江(そうかう) 急ぎて夜に流る。
風は鳴る 兩岸の葉  ,
月は照らす 一孤 舟(しゅう)。
建コ(けんとく)は 吾が土(と)に非ず,
維揚(いよう)は 舊遊を憶ふ。
還(また) 兩行の涙を將(もっ)て,
遙かに 海西(かいせい)の頭(ほとり)に寄す。

(悲愴な感じが漂う)建コ(現・浙江省桐廬県の南)は、わたしの故郷・本拠地とするところではなく、
維揚(現・揚州)に昔出かけたときの人(この詩を差し出す相手のこと)のことを思い出している。


「桐廬江沿いの街に(現・浙江省建コ市に来て)滞在していたが、旧友の居る広陵(現・江蘇省揚州市)を懐かしんで、そちら(揚州)に手紙で詩を送った。」
(浙江省建コ附近の桐廬江一帯は)山は暗くなって猿のもの悲しい鳴き声を聽き、青々として深い川は急な流れで夜も流れている。
風は、兩岸の木の葉を鳴らして、月は、一人の旅人の孤舟を照らしている。
なおまた、二筋の涙をもって、遙かに海西(江蘇省)のほとりのあなたの許(もと)に、この詩文を差しだそう。

解説

宿桐廬江寄廣陵舊遊
桐廬江沿いの現・浙江省建コ市に来て滞在していたが、旧友の居る広陵(現・江蘇省揚州市)を懐かしんで、そちら(揚州)に手紙で詩を送った。 *長安での仕官活動が不調に終わった後、江浙(江淮)を旅したときの作品。 ・宿:宿泊する。泊まる。 ・桐廬江:桐江のこと。銭塘江の中流。現・浙江省桐廬県境。杭州の西南80キロメートルのところ。 ・寄:手紙で詩を贈る。 ・廣陵:現・江蘇省揚州市の旧名。後出の「維揚」「海西頭」の指すところに同じ。 ・舊遊:古い交際。旧交。以前、共に遊んだことのある友だち。また、昔、そこに旅したこと。

山暝聽猿愁:(浙江省建コ附近の桐廬江一帯は)山は暗くなって猿のもの悲しい鳴き声を聽き。 ・暝:〔めい〕暗い。日が暮れる。 ・聽:耳をすまして聞く。聞き耳を立てて聞く。ここは「聞」とするのもあるが、その場合は「聞こえてくる」の意。 ・猿愁:猿のもの悲しい鳴き声。

滄江急夜流:青々として深い川は急な流れで夜も流れている。
 ・滄江:青い川。作者の今居るところの桐廬江を指す。 ・急:急な流れ。 ・夜流:夜にも流れる。

風鳴兩岸葉:風は、兩岸の木の葉を鳴らして。

月照一孤舟:月は、一人の旅人の孤舟を照らしている。 ・孤舟:ただ一つの舟。孤独な(人生の)旅人の形容。

建コ非吾土
上述のような悲愴な感じが漂う)建コ(現・浙江省桐廬県の南)は、わたしの故郷・本拠地とするところではなく。 ・建コ:現・浙江省建コ市。杭州の西南100余キロメートルのところ。前出・桐廬の南南西50キロメートルのところ。 ・非:(…は)…ではない。あらず。「A非B」の「A」「B」は名詞性の語。 ・吾土:わたしの居住するところ。 ・土:居住する。

維揚憶舊遊
維揚(現・揚州)に昔出かけたときの人(この詩を差し出す相手のこと)のことを思い出している。
 ・維揚:古代の揚州の発祥地で、現・江蘇省揚州市区の西部の地名に遺る。詩題中の「廣陵」や詩中の「海西頭」の指すところと実質上同じ。作者がこの詩を送った相手の居場所。「惟揚州」とあるのは「維揚」のことではなく、「惟(これ)、揚州」の意。維揚は、『史記本紀・夏本紀』「淮海維揚州:彭蠡既都,陽鳥所居。」とあるが、ここの「維」も「これ」の意。  ・憶:思い出す。また、思う。覚える。ここは、前者の意。

還將兩行涙
なおまた、二筋の涙をもって。
 ・還:なおまた。 ・將:…をもって。…を。文語の「以」に近い働きをする。 ・兩行涙:(両目からの)二筋の涙。 ・行:〔ぎょう〕すじ。

遙寄海西頭
遙かに海西(江蘇省)のほとりのあなたの許(もと)に、この詩文を差しだそう。
 ・遙寄:遥か遠くに手紙で詩を送る。 ・寄:手紙で(詩を)送る。 ・海西頭:現・江蘇省揚州市一帯。詩題中の「廣陵」や、詩中の「維揚」の指すところに同じ。作者がこの詩を送った相手の居場所。



唐・岑參の『西過渭州見渭水思秦川』
渭水東流去,何時到雍州。
憑添兩行涙,寄向故園流。




210 8. 送友入京(君登青雲去)
卷160_163 「送友人之京」孟浩然
君登青雲去,予望青山歸。雲山從此別,?濕薜蘿衣。





歳暮歸南山 孟浩然
(歳暮南山に歸る)



卷160_87 「歳暮歸南山(一題作歸故園作,一作歸終南山)」

「歳暮歸南山(一題作歸故園作)」孟浩然
年の暮れに南山へ帰る(年がせまってきた澗南園に帰るのに王維の故園によって行こう。)
北闕休上書,南山歸敝廬。
年の暮れになるのを機会に藍田の?川荘に暫く休暇をいただくために天子に休暇届を出した。私もしばらくいて、南山の澗南園に帰ろうと思う。
不才明主棄,多病故人疏。
どうせ自分には才能がなく、せっかくの天子からもすでに見限られており、その上最近は病気がちであり、引っ込み思案になって旧友とも疎遠になっている。(わたしには詩文の才能がある。天子から見放されようが友達と疎遠になろうがこの詩才をいかしてやっていく。)
白髮催年老,青陽逼歳除。
もうすでに白髪の方が増えてしまって寄る年波、老いてきて真っ白になるのだろう。のどかな春の陽気は大晦日が迫っているのだから間もなくなのだ。
永懷愁不寐,松月夜窗虚。
横になって長い時間、反省をしている、思いがめぐって寂しい気持ちになって眠れない。松の木のを超えて月明かりが窓から入ってくるこの庵には明るすぎて帰って空虚なものになってしまう。

(歳暮南山に歸る)
北闕 書を上つるを休め、南山 敞廬しょうろに帰る。
不才 明主棄て、多病 故人疎なり。
白髪 年老を催し、青陽 歳除に逼る。
永懐 愁いて寐いねられず、松月 夜?そう虚し。




現代語訳と訳註
(本文)
北闕休上書,南山歸敝廬。
不才明主棄,多病故人疏。
白髮催年老,青陽逼歳除。
永懷愁不寐,松月夜窗虚。


(下し文)(歳暮南山に歸る)
北闕 書を上つるを休め、南山 敞廬しょうろに帰る。
不才 明主棄て、多病 故人疎なり。
白髪 年老を催し、青陽 歳除に逼る。
永懐 愁いて寐いねられず、松月 夜?そう虚し。



(現代語訳)
年の暮れに南山へ帰る(年がせまってきた澗南園に帰るのに王維の故園によって行こう。)
年の暮れになるのを機会に藍田の?川荘に暫く休暇をいただくために天子に休暇届を出した。私もしばらくいて、南山の澗南園に帰ろうと思う。
どうせ自分には才能がなく、せっかくの天子からもすでに見限られており、その上最近は病気がちであり、引っ込み思案になって旧友とも疎遠になっている。(わたしには詩文の才能がある。天子から見放されようが友達と疎遠になろうがこの詩才をいかしてやっていく。)
もうすでに白髪の方が増えてしまって寄る年波、老いてきて真っ白になるのだろう。のどかな春の陽気は大晦日が迫っているのだから間もなくなのだ。
横になって長い時間、反省をしている、思いがめぐって寂しい気持ちになって眠れない。松の木のを超えて月明かりが窓から入ってくるこの庵には明るすぎて帰って空虚なものになってしまう。



(訳注)
歳暮帰南山「故園」 孟浩然
年の暮れに南山へ帰る
年がせまってきた澗南園に帰るのに王維の故園によって行こう。
最初の2句目に南山とあるため澗南園の隠棲の関係者と考えるが、詩の内容からすれば、「故園」に変える方が理解しやすい。つまり、王維の別業に帰ることと考えられる。実際には王維に対して、別れを告げるため、王維の別業を意識させて、自分の故郷の澗南園に帰るということを言っている。孟浩然は浪人中だから。


北闕休上書,南山歸敝廬。
年の暮れになるのを機会に藍田の?川荘に暫く休暇をいただくために天子に休暇届を出した。私もしばらくいて、南山の澗南園に帰ろうと思う。
北闕 大明宮の北門。上奏謁見をする人の出入りする所。 禁中。大明宮の中で丹砂の庭鬼があるとこで謁見するが紫宸殿は真ん中あたりに位置するが、大明宮そのものは長安城の北にあり南に向いてたてられていた。休暇の上申書をねがいでる。それ相応な地位のもので、もちろん孟浩然ではない。王維であろう。○北闕 得家書 得家書 #2 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 182「北闕妖氛滿,西郊白露初。」(北闕妖気満つ、西郊白露の初)、官僚でない孟浩然が上奏文を出して休みを取ることはない。王維が休みを取ったのだろう。
休上書 休暇届。○南山 王維にとっては、終南山、藍田野?川荘、王後年にとって、鹿門山の南の澗南園青山の見える○敝廬 『夏日南亭懷辛大』「散發乘夕涼,開軒臥閑敞。」『田園作』「弊廬隔塵喧」『澗南園即時貽皎上人』「弊廬在郭外,素?惟田園。」襄陽の孟浩然の農園を示している。



不才明主棄,多病故人疏。
どうせ自分には才能がなく、せっかくの天子からもすでに見限られており、その上最近は病気がちであり、引っ込み思案になって旧友とも疎遠になっている。(わたしには詩文の才能がある。天子から見放されようが友達と疎遠になろうがこの詩才をいかしてやっていく。)
明主 天子。粛宗皇帝、757年杜甫が粛兆区の折に掃海したとき、皇帝を侮辱するととれる分を差し出した。○ 採用されない。○故人 沢山の詩人たちが友人としていた。○ 疎遠になること。中国人がこういうことを言うことは自虐的に言っているのではなく、反対の意味のことを言うのである。


白髮催年老,青陽逼歳除。
もうすでに白髪の方が増えてしまって寄る年波、老いてきて真っ白になるのだろう。のどかな春の陽気は大晦日が迫っているのだから間もなくなのだ。
白髮 白髪交じりの頭は二毛とか斑という表現。ここは白髪の方が多い状況であろう。○催年老 寄る年波によってもよおした。○青陽 五行思想で青は春、東をあらわす。 ○?除 大みそか。除夜。「霜鬢明朝又
一年。」ということ。


永懷愁不寐,松月夜窗虚。
横になって長い時間、反省をしている、思いがめぐって寂しい気持ちになって眠れない。松の木のを超えて月明かりが窓から入ってくるこの庵には明るすぎて帰って空虚なものになってしまう。
永懷 長い時間かけておもうこと。○愁不寐 今までのことを思い悩んで、愁は寂しいこと、反省するという場合のうれい。○松月 松は男性としての希望、月は情勢を示し、男女間の寂しさを感じ取らせる。○夜窗 月の光が入ってくる窓である。通常は閨をいう。○? 隠棲をする住居に月明かりははって明るすぎるために逆に旧居になる。友なし、女なし、ごちそうなし、あるのは反省があるばかり。


この頃孟浩然は何をやってもうまく行かず、悲観的な発想をしていたのだ。いわゆるマイナス思考だ。
しかし、これが詩人としての才能の栄養素になるのである。詩人には貧乏であり、挫折が肥やしになる。何事もうまくいく詩人は全くいない。



これに対して王維は次のように詠っている。
 
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 送孟六帰襄陽  王維

杜門不欲出、久与世情疎。
以此為長策、勧君帰旧盧。
酔歌田舎酒、笑読古人書。
好是一生事、無労献子虚。


門を杜して出ずるを欲せず、久しく世情と疎なり
此を以って長策と為し、君に勧めて旧盧に帰らしむ
酔うて歌う田舎の酒、笑って読む古人の書
好し是れ一生の事、労する無れ子虚を献ずるを


王維は親友である孟浩然を慮って語りかける。孟浩然も科挙に合格せず、故郷に戻ることになるが、王維との別離を深く悲しむのである。心通じ合う者同士の心遣いが読み取れる作品である。
 人は夢破れた時、その傷心を癒すのは、帰心を誘う故郷の山河なのであろうか。それとも徹底した悲しみを受け入れて、其処から生まれ来る真の生命の覚悟なのであろうか。







210 10「夏日辮玉法師茅齋」


夏日辮玉法師茅齋  孟浩然
夏日茅齋裏,無風坐亦涼。
竹林深筍槻,藤架引梢長。
燕覓巣窩處,蜂來造蜜房。
物華皆可玩,花蕊四時芳。


(夏日 玉法師の茅齋に辮す)
夏日 茅齋の裏、風無けれども坐すれば亦た涼し。
竹林深筍槻(おお)く、籐架 梢を引きて長し。
鷲は??の庭を覚め、蜂は蜜を造る房に來たる。
物華 皆翫ぶべし、花蕊 四時芳し。


現代語訳と訳註
(本文) 夏日辮玉法師茅齋
夏日茅齋裏,無風坐亦涼。
竹林深筍槻,藤架引梢長。
燕覓巣窩處,蜂來造蜜房。
物華皆可玩,花蕊四時芳。

 
(下し文) 夏日 辮玉法師の茅齋にて
夏日 茅齋の裏、風無けれども坐すれば亦た涼し。
竹林深筍?おお)く、籐架 梢を引きて長し。
燕は??の處を覓め、蜂は蜜を造る房に來たる。
物華 皆翫ぶべし、花蕊  四時 芳し。

(現代語訳)
真夏のある日、茅齋の庵の中にいる。風は吹いていないに座禅をするとそれでまた涼しい。
竹林の奥の方に行くとたけのこが密集して生えている、そして籐の編み込みが木の梢の長いものを引っ張るように掛かっている。
つばめは巣作りの場所を探し求めている、ミツバチは蜜房造りに花の蜜を求めて飛んでくる。
万物、花はすべて注目していくべきである、花の芯が一日中4回の座禅のときにほのかな香りを出してくれている。


(訳注)
夏日辮玉法師茅齋
真夏のある日瓣玉法師の齊庵で。


夏日茅齋裏,無風坐亦涼。
真夏のある日、茅齋の庵の中にいる。風は吹いていないに座禅をするとそれでまた涼しい。
○夏日 真夏のある日。○茅齋 茅で作った庵。○裏 部屋の中。○坐 座禅を組む。


竹林深筍槻,藤架引梢長。
竹林の奥の方に行くとたけのこが密集して生えている、そして籐の編み込みが木の梢の長いものを引っ張るように掛かっている。
○竹林 竹林。隠棲生活の常套語。○深 おくぶかい。○筍概 たけのこが密集している。○籐架 籐を編んだものが〜にかかっている。木の梢の長いものを引いている。


燕覓巣窩處,蜂來造蜜房。
つばめは巣作りの場所を探し求めている、ミツバチは蜜房造りに花の蜜を求めて飛んでくる。
○燕 つばめ。○覓 もとめる。○巣窩 巣作り。○處 場所。○蜂 みつはち。○蜜房 ミツの蜂の巣。


物華皆可玩,花蕊四時芳。
万物、花はすべて注目していくべきである、花の芯が一日中4回の座禅のときにほのかな香りを出してくれている。
○物華 万物と花華。○翫 物事の意義をよく考える。○花蕊 花のめしべ。 ○四時 ・1年の四つの季節、春夏秋冬の総称。四季。・1か月中の四つの時。晦(かい)・朔(さく)・弦・望。・一日中の4回の座禅の時。黄昏(こうこん)(午後8時)・後夜(ごや)(午前4時)・早晨(そうじん)(午前10時)・時(ほじ)(午後4時)。ここでは一日中の4回の座禅のとき。○芳 芳しい。ほのかな香りがすること。


孟浩然の自然を愛して毎日注視してみている。それは、花や木、水、川だけでなく、燕、ミツバチについても詠っているのである。そして特徴的なのは、場所の移動、時の移動、そして「深」、「?」、「引」と本来静的に見ているものを活動的に表現している。活動的に表現することで非常に細やかなものに感じられてくるのである。澗南園の風景を感じさせるものである。ただ単に田園の生活を詠うというものではないのは間違いない。孟浩然の凄い作品というべきものである。

「物華 皆翫ぶべし」という句に現われた孟浩然の「自然への愛」は、頸聯に描写された燕や蜂のように「自然がその活動状態にあるときにむけられた」ものであるとする。さらに、頷聯の竹や藤の描写も、「新」「概い」「引く」という語によって、じっとしているものに活動的な気分が与えられていると分析し、「自然への愛」が「活動しない自然に対しても、ある場合には、動きをあたえてやつ」ていると指摘する。







210 11「宿建徳江」
宿建徳江 孟浩然 



孟浩然の「自然(月)と人」についてみてみる。


宿建徳江
移舟泊烟渚、日暮客愁新。  
野曠天低樹、江清月近人。


建徳の江に宿す 

舟を移して 烟渚に泊す、日暮 客愁 新たなり。
野曠【むなし】くして 天 樹に低【た】れ、江清くして 月 人に近し。





現代語訳と訳註
(本文)
移舟泊烟渚、日暮客愁新。  
野曠天低樹、江清月近人。
 

(下し文)
舟を移して 烟渚に泊す、日暮 客愁 新たなり。
野曠【むなし】くして 天 樹に低【た】れ、江清くして 月 人に近し。



(現代語訳)
銭塘江中流あたり、建徳に宿泊する
私は船を夕靄に包まれた岸辺と漕ぎ寄せさせ、今夜の泊りの用意をする。やがて日は暮れ、旅の愁が新たなものとしてわいてきて胸に迫る。
がらんとしてさびしい原野がひろがり、天空が木々樹の上に低くたれさがっている。銭塘江の水は清くすみきっていて、水面に映る月だけがそ私の身近にあるものだ。



(訳注) 宿建徳江
銭塘江中流あたり、建徳に宿泊する
○建徳江 建徳は県名。いま浙江省に属する。その川は銭塘江の中流である。



移舟泊烟渚、日暮客愁新。  
私は船を夕靄に包まれた岸辺と漕ぎ寄せさせ、今夜の泊りの用意をする。やがて日は暮れ、旅の愁が新たなものとしてわいてきて胸に迫る。
○烟渚 もやのたちこめた砂浜。



野曠天低樹、江清月近人。 
がらんとしてさびしい原野がひろがり、天空が木々樹の上に低くたれさがっている。銭塘江の水は清くすみきっていて、水面に映る月だけがそ私の身近にあるものだ。
○野曠 がらんとして人けのないのが曠。○人 ここでは孟浩然自身をさす。

この詩の「人」は作者自身であるが、不特定な人をいう場合もある。王維の『?川集』「竹里」
獨坐幽篁裏,彈琴復長嘯。
深林人不知,明月來相照。
竹里
獨り坐す  幽篁の 裏(うち),琴を弾じて  復(ま)た 長嘯す。
深林  人 知らず,明月  來りて 相ひ照らす。


孟浩然は自身の視線が中心であり、視線の動きが自然の動きとしている。李白などは「月」が自分の動きについてくると、山が動くのに月が自分の動きについてくるというものだが、そうした動きのないはずの「天」「月」も時間の経過で動くというだけでなく、「樹」「人」のほうにひきよせたように描いている。孟浩然が宋の謝霊運に学ぶところがあり、その詩的感覚が同質の傾向を持つと指摘する中で、その例として、右の孟詩の転句・結句と、次に掲げる謝霊運の「初去郡」詩(『文選』巻二十六「行旅」)中の二句とを対比している。
・・・・・・・・・・
負心二十載、於今廢将迎。
理棹?還期、遵渚?修?。
遡渓終水渉、登嶺始山行。
野曠沙岸浄、天高秋月明。
憩石?飛泉、攀林搴落英。
・・・・・・・・・・
心に負くこと二十載、今において将迎を廢め。
棹を理めて 還る期を?くし、渚に遵いて修き?を?す。
渓を遡り終に水を渉り、嶺に登らんとして始めて山行す。
野は曠くして 沙岸は浄く、天高くして 秋月明らかなり。

謝霊運の詩の大意は、悟った人間は浮世から脱出すべきものである。「低き位をみずから耕すに代えた」というものである。隠棲する心情を詠うための「自然」である。

孟浩然詩の「天」「月」に対して、謝詩の「沙岸」は清いままで動きがなく、また「秋月」は天空に懸かったまま静止していないと隠棲の心情があらわせないと考えている。孟浩然と謝霊運とは、自分の心情の表現として自然描写における詩的感覚が同様であるとしても、描写された自然が動いているか静止しているかという点で、大きな違いがあるといえる。
謝霊運に学んでいるのは李白にもしばしばある。月が上がり落ちていく様子であり、舟を移動する、歩行している・・・・・。







210 12「與顏錢塘登障樓望潮作 孟浩然


孟浩然は目で捉えたものをそのものの奥にある心のなかを詠うことはしない、事物の置かれている環境、事物そのものの動きを描く。随って事物を、自然界をできるだけ自然の動きの中で詠おうとしている。他の詩人にはない感覚である。『宿建徳江』(建徳の江に宿す)では同じ銭塘江の中流の人影もない荒野の岸辺に一夜を過ごしてものであった。
 この詩は、当時も仲秋に銭塘江の逆流を見物、観光が流行していた様子が描かれている。


與顏錢塘登障樓望潮作(孟浩然 唐詩)

  百里聞雷震,鳴弦暫輟彈。
  府中連騎出,江上待潮觀。
  照日秋雲迥,浮天渤解ェ。
  驚濤來似雪,一坐凛生寒。

百里 雷聲震い、鳴弦 暫し弾くを輟(や)む。
府中 騎を連ねて出で、江上 潮を待ちて観る。
日に照らされて 秋雲?かに、天を浮かべて 渤?寛【ひろ】し。
驚濤 來たること雪の似【ごと】し、一坐 凛として寒を生ず。
 
現代語訳と訳註
(本文)
 百里聞雷震,鳴弦暫輟彈。
 府中連騎出,江上待潮觀。
 照日秋雲迥,浮天渤解ェ。
 驚濤來似雪,一坐凛生寒。

(下し文)
百里 雷聲震い、鳴弦 暫し弾くを輟(や)む。
府中 騎を連ねて出で、江上 潮を待ちて観る。
日に照らされて 秋雲?かに、天を浮かべて 渤解寛(ひろ)し。
驚濤 來たること雪の似(ごと)し、一坐 凛として寒を生ず。

(現代語訳)
百里四方に雷のような音とあたりの空気を振動させる轟音が聞こえてくる。優雅に琴の弦を鳴らし、暫くして引くのをやめる。
杭州の幕府からも急いで馬を連ねて飛び出して、銭塘江の上に特別な潮の動きがみられるのを待っている。
太陽は燦々と照り輝いており、秋の雲は流れている。天に浮ぶほど垂直に立ち上がった壁の様な大波が河江いっぱいにひろがって逆流してきている。
その驚く様な大波のその頂には雪のようであり、まるで雪崩がおこったようにやってきて、ひとたびここに座って見ていると凛としてまさに寒さを感じてくるのである。


(訳注)
 百里聞雷震,鳴弦暫輟彈。
百里四方に雷のような音とあたりの空気を振動させる轟音が聞こえてくる。優雅に琴の弦を鳴らし、暫くして引くのをやめる。
○雷震 雷のような音とドルビーサラウンドのように空気を振動させて響きが伝わってくるさま。○鳴弦 遊興の名所でもあるこの地では琴はどこかで引かれている。○暫 逆流現象の音を待っていた様子をあらわす語。○輟彈 引くのをやめる。ただやめるのではなく一斉にピタッと揃えて辞めること。・輟 隊列の進行が瞬時に止まることをいう。

 府中連騎出,江上待潮觀。
杭州の幕府からも急いで馬を連ねて飛び出して、銭塘江の上に特別な潮の動きがみられるのを待っている。
○府中 宮中に対して、政治を行う場所。律令制の州幕府所在地。

 照日秋雲迥,浮天渤解ェ。
太陽は燦々と照り輝いており、秋の雲は流れている。天に浮ぶほど垂直に立ち上がった壁の様な大波が河江いっぱいにひろがって逆流してきている。
○渤? ・渤 たちあがる、湧き上がる大波。・解 とだえた流、並の低い部分をいう。湾。海の名。ここでは垂直に立ち上がった壁の様な大波が逆流してくることをいう。銭塘江の逆流を「渤?」と表現しているのも孟浩然らしい動きのあるものである。

 驚濤來似雪,一坐凛生寒。
その驚く様な大波のその頂には雪のようであり、まるで雪崩がおこったようにやってきて、ひとたびここに座って見ていると凛としてまさに寒さを感じてくるのである。

銭塘江のラッパ状の河口と太陽や月の引力による満潮時によって起きる現象で、特に旧暦の8月18日に起きるものが「銭塘の秋涛」で知られている。潮の高さが歴史上9メートルもあったという。近年は3〜5メートルの高さに安定している。潮が線を引き、唸りをたて、雷の音をして流れてくるため、「壮観無天下」(壮観天下なし)と称えられ、この詩では「驚濤來似雪」(驚濤 來たること雪の似【ごと】し“怒涛は雪崩のよう”)ている。
潮を見る風習が唐の時代から始まり、宋の時代盛んになり、ずっと現在まで伝わっている。
平穏な秋空の下、それとは対照的な銭塘潮が、正に怒濤となって押し寄せる様子と、それを見て圧倒される人々の緊張やざわつきが臨場感をともなって伝わってくる。一画面一画面が動的な描写であり、活動感に満ちたものとなっている。そして、今まで接写していた情景は急に鳥瞰図にかわるのが頸聯で、背景として、銭塘潮のダイナミズムを際立たせ、その中で、再度接写し「渤?」と表現し、更に「ェ」と鳥瞰図に戻る。遠→近→遠としている。


詩題の「望潮」の「潮」は、有名な銭塘潮で、陰暦の八月十五日すぎにおこる銭塘江の逆流現象であり、この地の風物詩であった。この短時間の出来事が、賀新居氏の指摘を借りれば、モンタージュ的に集約されて描写されていると言える。しかも、そのただ頸聯は、遠く広がりをもつ風景であり、活動感は感じられないけれども、それがかえって効果的に、背景として、銭塘潮のダイナミズムを際立たせていると考えられる。




■銭塘江は浙江とも言い、浙江省の一番長い川である。銭唐は秦の会稽郡に属する県で、後に国号が唐になってから、銭唐県は銭塘県に改名された。■銭塘江は全長605キロある。源は安徽省の西南、懐玉山脈の主峰六股尖(1629.8メートル)の東にある。幹流は安徽省祁門、歙県などを通って、浙江省に流れ、東へ淳安、建徳を通って、蘭江に合流し、続いて富陽、杭州を通って杭州湾に入る。河口は漏斗型になっている。■1959年建徳、淳安県で新安江ダムを、1968年七里瀧で富春江ダムを作ってから、新安江ダム(千島湖)が淳安県にできた。河口はラッパ形になって、有名な銭塘潮になった。■銭塘江は流域によって、幹流の名前もそれぞれ違う。梅城までの上流は新安江と呼ばれ、桐盧から肖山までは富春江と呼ばれる。川の両側に素晴らしい峰と洞窟が多く、名勝旧跡も多い。






210 13「下韓石」
-330


孟浩然は目で捉えたものをそのものの奥にある心のなかを詠うことはしない、事物の置かれている環境、事物そのものの動きを描く。随って事物を、自然界をできるだけ自然の動きの中で詠おうとしている。他の詩人にはない感覚である。『宿建徳江』(建徳の江に宿す)では同じ銭塘江の中流の人影もない荒野の岸辺に一夜を過ごしてものであった。


卷160_157 「下韓石」孟浩然


下韓石
韓石三百里,沿千嶂間。
沸聲常活活,存勢亦潺潺。
跳沫魚龍沸,垂藤猿犹攀。
榜人苦奔峭,而我忘險艱。
放溜情彌快,登艫目自閑。
暝帆何處宿,遙指落星灣。

韓【かん】の石【いわお】を下る
韓【かん】の石【いわお】 三百里なり、沿す千嶂の間。
沸聲【ふつせい】 常に活活【かつかつ】たり、洗勢【せんせい】 亦た潺潺【せんせん】たり。
跳沫【ちょうばつ】 魚龍沸き、垂藤【すいとう】 猿犹【えんゆう】攀【はん】ず。
榜人【ぼうじん】 奔峭【ほんしょう】に苦しみ、而るに我は険艱【けんかん】を忘る。
放溜【ほうりゅう】情 彌【いよいよ】快【かな】う、登艦【とうかん】 目 自ら閑なり。
瞑帆【めいほ】 何処にか宿する、遥かに指す星 湾に落つ。


現代語訳と訳註
(本文)
下韓石
韓石三百里,沿千嶂間。
沸聲常活活,存勢亦潺潺。
跳沫魚龍沸,垂藤猿犹攀。
榜人苦奔峭,而我忘險艱。
放溜情彌快,登艫目自閑。
暝帆何處宿,遙指落星灣。

(下し文) 韓【かん】の石【いわお】を下る
韓【かん】の石【いわお】 三百里なり、沿す千嶂の間。
沸聲【ふつせい】 常に活活【かつかつ】たり、洗勢【せんせい】 亦た潺潺【せんせん】たり。
跳沫【ちょうばつ】 魚龍沸き、垂藤【すいとう】 猿犹【えんゆう】攀【はん】ず。
榜人【ぼうじん】 奔峭【ほんしょう】に苦しみ、而るに我は険艱【けんかん】を忘る。
放溜【ほうりゅう】情 彌【いよいよ】快【かな】う、登艦【とうかん】 目 自ら閑なり。
瞑帆【めいほ】 何処にか宿する、遥かに指す星 湾に落つ。


(現代語訳)
?江の岩場の航行の難所は三百里もある、江はその間に曲がり、多くある険しい峰に沿っている。
両岸の崖がせまり急カーブが続き、湧き上がるような音を立てて、常にごうごうと音を立て、その流れの勢いが激しく流れる。
船頭も崖が崩れ落ちそうな岸に悪戦苦闘している。そのように私は見入ってしまって、自分自身が険難の場所にいることさえ忘れるほどである。
進みゆく船は流れに乗っている、わたしの心情もますます心地良く満足している。船の船首に登ってながめてみると、風を切り水しぶきで自然に目を閉じてしまう。
やがて帆も暗くなってきたどこかで泊まることになる。見上げるとはるか遠くに星が瞬きその影を静かな水面に湾に映している。


(訳注)
韓【かん】の石【いわお】を下る


韓石三百里,沿千嶂間。
韓【かん】の石【いわお】 三百里なり、沿す千嶂の間。
?江の岩場の航行の難所は三百里もある、江はその間に曲がり、多くある険しい峰に沿っている。
○?石 ?江(かんこう、?音: gan ji?ng )、あるいは?水(かんすい)は、中華人民共和国を流れる川の一つで、ホーヤン湖に流入している長江右岸の支流。江西省を南北に貫く江西最大の川である。江西省の別名・「カン」(かん)はこの川に由来する。長さは751km(支流の源流まで合わせた長さは991km)。現在の江西省?水のうち、?県から万安県に至るまでの十八灘のこと。難所として知られていた。○三百里 1里は576mだから173kmである。○千嶂 険しい峰が多いこと。



沸聲常活活,存勢亦潺潺。
沸聲【ふつせい】 常に活活【かつかつ】たり、洗勢【せんせい】 亦た潺潺【せんせん】たり。
両岸の崖がせまり急カーブが続き、湧き上がるような音を立てて、常にごうごうと音を立て、その流れの勢いが激しく流れる。
○洗 いたる、水いたる(水が自然に流れてくる)。 2 しきりに、ひきつづき。○潺潺 水がさらさらと流れるさま。



跳沫魚龍沸,垂藤猿犹攀。
跳沫【ちょうばつ】 魚龍沸き、垂藤【すいとう】 猿?【えんゆう】攀【はん】ず。
江川の龍も魚も水しぶきを揚げて跳ね上がり、岸では藤のつるにおなが猿がよじのぼる。
○猿? 黒い尾長ざる。


榜人苦奔峭,而我忘險艱。
榜人【ぼうじん】 奔峭【ほんしょう】に苦しみ、而るに我は険艱【けんかん】を忘る。
船頭も崖が崩れ落ちそうな岸に悪戦苦闘している。そのように私は見入ってしまって、自分自身が険難の場所にいることさえ忘れるほどである。
○榜人 漁師。○奔峭 騒がしく、厳しい様子がさらに高く嶮しいさまをいう。


放溜情彌快,登艫目自閑。
放溜【ほうりゅう】情 彌【いよいよ】?【かな】う、登艦【とうかん】 目 自ら閑なり。
進みゆく船は流れに乗っている、わたしの心情もますます心地良く満足している。船の船首に登ってながめてみると、風を切り水しぶきで自然に目を閉じてしまう。
○? ○登艫 船の船首に登ってながめてみると


暝帆何處宿,遙指落星灣。
瞑帆【めいほ】 何処にか宿する、遥かに指す星 湾に落つ。
やがて帆も暗くなってきたどこかで泊まることになる。見上げるとはるか遠くに星が瞬きその影を静かな水面に湾に映している。




詩題の「韓石」は、現在の江西省かん?水のうち、?カン県から万安県に至るまでの十八灘のこと。難所として知られていた。はじめの四句は、両岸の崖がせまり急カーブが続く川が、激しい音をたてて勢いよく流れる様が、「沸」「活活」「?」「潺潺」という、さんずい偏の動作性の高い語によって効果的に描かれている。次の二句、川の魚も水しぶきを揚げて跳ね上がり、岸では藤のつるに猿がよじのぼるという描写も、勢いのあるものである。次の句、船頭も崖が崩れ落ちそうな岸に悪戦苦闘している。以上、たいへん活動性に富んだ描写であると言える。またここに、前掲評言氏の指摘である、「時空の移動」する「紀行詩」的特徴を確認することができよう。加えて、注意すべきなのは、以下の描写で、詩人がこのような急流に困難を感じず、まさにその流れと一体化しているかの如きことである。ここに、前節に掲げた深沢氏の「(詩人が)自然の一部になろうとしている」という指摘と通ずるものを見出してもよいであろう。また以上の二首は、先の劉氏の指摘にある、変化に富んだ河川の描写に相当しよう。

詩題の「?カン石」は、現在の江西省?水のうち、?県から万安県に至るまでの十八灘のこと。難所として知られていた。はじめの四句は、両岸の崖がせまり急カーブが続く川が、激しい音をたてて勢いよく流れる様が、「沸」「活活」「?」「潺潺」という、さんずい偏の動作性の高い語によって効果的に描かれている。次の二句、川の魚も水しぶきを揚げて跳ね上がり、岸では藤のつるに猿がよじのぼるという描写も、勢いのあるものである。次の句、船頭も崖が崩れ落ちそうな岸に悪戦苦闘している。以上、たいへん活動性に富んだ描写であると言える。またここに、前掲評言氏の指摘である、「時空の移動」する「紀行詩」的特徴を確認することができよう。加えて、注意すべきなのは、以下の描写で、詩人がこのような急流に困難を感じず、まさにその流れと一体化しているかの如きことである。ここに、前節に掲げた深沢氏の「(詩人が)自然の一部になろうとしている」という指摘と通ずるものを見出してもよいであろう。また以上の二首は、先の劉氏の指摘にある、変化に富んだ河川の描写に相当しよう。


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管理者 紀 頌之Kino Akiyuki

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