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漢詩総合サイト 李白詩

1.「訪載天山道士不遇
2.「峨眉山月歌
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19玉階怨
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25子夜呉歌其四 冬
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27塞下曲六首 其二(天兵) 
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33 関山月 五言古詩
34王昭君二首 五言絶句
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41烏夜啼 七言古詩
42粱園吟 雑言古詩

毎日 増載中です。(2010・6・25)


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採蓮曲 緑水曲
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李白 女歌シリーズ(1)





 この詩も絶世の美女西施にまつわる地名を題材にしています。若耶渓、浙江省紹興市東南の若耶山から発して、北流して現在は運河にそそぐ川の名で、唐代までは鏡湖が大きく、鏡湖注がれていた。その若耶渓で蓮を取ったとされるのが西施である。西施は越王勾践が呉王夫差に対して献上してその歓心を買ったとされる美女である。(後に取り上げる子夜呉歌では明確にでてくる)。 李白はここ江南地方でたくさんの詩を歌っています。美女についてもそれぞれとらえています。
 四大美女とは、王昭君、貂蝉ちょうぜん、西施、楊貴妃とされるが、貂蝉が架空の人物であることから、詩人の世界ではそこに虞美人を入れる。したがって、このブログでは四美人は虞美人を入れたものでとらえていく。ここ、しばらく、李白を取り上げていき、西施ものがたりを書いていくつもりです。

 ちなみに王昭君については漢文委員会の
漢詩総合サイトhttp://kanbuniinkai7.dousetsu.com/において
                    王昭君ものがたり
      李白 王昭君を詠う「王昭君二首」、
                  王昭君を詠う(3)于巓採花 李白35

  白楽天 王昭君を詠う「王昭君 二首 白楽天」を参照されたい。
    
                西施ものがたり


李白10 採蓮曲    
      
若耶渓傍採蓮女、笑隔荷花共人語。
日照新粧水底明、風飄香袖空中挙。
岸上誰家遊冶郎、三三五五映垂楊。
紫留嘶入落花去、見此踟厨空断腸。


若耶渓のあたりで蓮の花摘む女たち,笑いさざめきハスの花を隔てて語り合う
陽照は化粧したての顔を明るく水面に映しだし、吹いている風は香しい袖を軽やかに舞い上げている
岸辺にはどこの浮かれた若者だろうか,三々五々としだれ柳の葉影に見え隠れ。
栗毛の駒は嘶いて柳絮のなかに消え去ろうと,この女たちを見ては行きつ戻りつむなしく心を揺さぶられる。


 本来、「採蓮曲」というのは蓮の根を採る秋の労働歌だが、李白はそれを越の美女西施(せいし)が紗を洗い、蓮の花を採った事に柳絮(りゅうじょ)の舞う晩春の艶情の歌に変化させている、李白の真骨頂というべきもののひとつです。。
 馬とともにおふざけをして垂楊(しだれやなぎ)の葉陰に消えていった若者たちのうしろ姿と、一方、急におしゃべりを止めて「踟厨」(ためらい)がちに顔を赤らめている乙女たちの姿を、李白は描いている。ハスを採る娘らとその乙女の気を引こうとしている若者=遊冶郎、現在だったらチャラ男のこと?。もう若い者の中に入りきれない客観してみている李白。経験したものでないとわからない中年李白の繊細な作品、名作とされている。
七言古詩、韻は 女、語、擧。/ 郎、楊、腸。


若耶 渓傍 採蓮女、笑隔 荷花 共人語。
日照 新粧 水底明、風飄 香袖 空中挙。
岸上 誰家 遊冶郎、三三 五五 映垂楊。
紫留 嘶入 落花去、見此 踟厨 空断腸。
採蓮曲の下し分
若耶(じゃくや)渓の傍(ほとり)採蓮の女(むすめ)
笑って荷花(かか)を隔てて人と共に語る
日は新粧(しんしょう)を照らして水底(すいてい)明らかに
風は香袖(こうしゅう)を飄(ひるがえ)して空中に挙がる
岸上(がんじょう)誰(た)が家の遊冶郎(ゆうやろう)
三三、五五、垂楊(すいよう)に映ず
紫?(しりゅう)落花に嘶(いなな)きて入りて去るも
此(これ)を見て踟?(ちちゅう)して空しく断腸


 漢詩が苦手だった人でも、「漢詩は、五言、七言の単位を句」といいいますが、この句も上記に示す通り、二語、三語で意味を考えていくとわかるようになります。私は正直なことを言うと、昔の読み方下し分が好きになれません。時には漢詩と下し分は別物と感じるものさえあります。下し分はあくまで日本で読む人がそれぞれに読み下しています、気にしないでいきたい。どんな詩でも必ず五言の詩は二言と三言、七言の句は二言、二言、三言で作られています。
 李白の詩は、漢詩の決まりに必ずしも忠実ではありませんが、技巧的にも芸術性でもぬきんでています。
 白楽天(最近では白居易)も平易な詩が多いですし、杜牧、蘇東坡も有名です。陶淵明、孟浩然、杜甫は少し入りにくいかもしれませんが、はまってくるといい詩に当たります。
  漢詩総合サイトでは、漢詩を体系的にとらえていっていますが、このブログでは、雑談気味に一詩ずつとらえています。

 
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李白11 五言古詩




 李白の江南地方での旅は若いときは2年程度であった。この地方を題材にした詩は多く残されているが、詩の目線は中年のものが多いようである。推測ではあるが、若いときに作った作品を、後年再び訪れた時修正したのではないかと感じられる。?水曲りょくすいきょく 清らかな澄んだ水、純真な心もった娘たちの歌である。


緑水曲          
緑水明秋日、南湖採白蘋。
荷花嬌欲語、愁殺蕩舟人。
    
清らかな水に 秋の日が明るく映える
ここ南湖で 白蘋はくひんの花を摘む
蓮の花は あでやかに嬌なまめかしく物言いたげ
耐え難い想いは 船を蕩うごかすひとにも



 緑水は、澄んだ川や湖。詩の趣旨は「採蓮曲」と同じ。「白蘋」は水草の名。四葉菜、田字草ともいう。根は水底から生え、葉は水面に浮き、五月ごろ白い花が咲く。白蘋摘みがはじまるころには、蓮の花も咲いている。「南湖」という湖は江南のどこかにあるもので特定はげきないようだ。「愁殺」の殺はこれ以上なというような助詞として用いられている。前の句に「荷花:蓮の花があでやかで艶めかしく物言いたげ」な思いに対して、「船を動かす娘たちのこれ以上耐えられない思い」を対比させている。この詩の主張はここにある。これを理解するためには西施の物語を知っておかないといけない。
 越王勾践(こうせん)が、呉王夫差(ふさ)に、復讐のための策謀として献上した美女たちの中に、西施や鄭旦などがいた。貧しい薪売りの娘として産まれた西施(施夷光)は谷川で洗濯をしている素足姿を見出されてたといわれている。策略は見事にはまり、夫差は彼女らに夢中になり、呉国は弱体化し、ついに越に滅ぼされることになる。
 「あでやかな物言いたげな」は西施たちを意味し、同じように白蘋を取る娘たちも白い素足を出している。娘らには、何も魂胆はないけれど見ている作者に呉の国王のように心を動かされてしまう。若い娘らの魅力を詠ったものである。(当時は肌は白くて少し太めの足がよかったようだ)
 李白に限らず、舟に乗って白蘋(浮き草)を採る娘たちを眺めるのは、とても素敵なひとときだったであろう。

 韻は蘋、人。

緑水曲          
緑水明秋日、南湖採白蘋。
荷花嬌欲語、愁殺蕩舟人。
 
緑水曲(りょくすいきょく)
緑水秋日(しゅうじつ)に明らかに
南湖  白蘋(はくひん)を採る
荷花(かか)  嬌(きょう)として語らんと欲す
愁殺(しゅうさつ)す舟を蕩(うご)かすの人




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