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柳  宗  元
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1江雪 2漁翁 3渓居 4捕蛇者説 5汨羅遇風 6再上湘江 7登柳州峨山 
8與浩初上人同看山寄京華親故(海畔尖山似劍鋩)
9 登柳州城樓寄章汀封連四州(城上高樓接大荒)
10柳州城西北隅種柑樹(手種黄柑二百株)



 最初の左遷地 永州(3-d)、この時の都は長安(2-c)、次に柳州(現広西省4-c)地図は北宋時代のもの。唐時代には、全くの未開の地とされていた。



319 柳宗元  河東(山西)出身。字は子厚。793年に進士に及第し、校書郎をへて監察御史に進んだ。太子近侍の王叔文・韋執誼らに与して順宗即位と共に礼部員外郎とされ、賦役削減の諸改革にも参与したが、憲宗が即位して叔文らが失脚すると永州司馬に左遷された。815年に柳州刺史に転じて弊風改正に注力し、在任中に歿した。
 文人として著名で、韓愈と同じく戦国〜西漢の散文復帰を主張して復古運動を展開したが、六朝以来の形式的な駢文打倒には至らなかった。学術的議論文に優れた韓愈の古文に対して叙景文に優れ、韓愈とともに唐宋八大家の一人とされる。

詩風
詩は陶淵明の流れを受け、簡潔な表現に枯れた味わいの自然詩を得意とした。同じ傾向の詩人に王維・孟浩然・韋応物がおり、ともに「王孟韋柳」と並称された。その詩文には政治上の不満などが色濃くにじみ、都を遠く離れた僻地の自然美をうたいながらも、隠者の山水とは違った独自の傾向を持つものである。

1江雪  2漁翁 3捕蛇者説 4 汨羅遇風   5再上湘江   6 登柳州峨山

柳宗元1 江雪

柳宗元が806年から10年くらい永州司馬に左遷されていた時の作。(湖南省永州市零陵。)その後も別の地に飛ばされる。
詩人は苦しい中、その心境を詠えるもの。左遷は、官僚を詩人にさせる。貧乏は詩人に輝きを与える。
湘江について、一幅の絵のように詠った作品である。

 江雪   柳宗元  

千山鳥飛絶,萬徑人蹤滅。
孤舟簑笠翁,獨釣寒江雪。

山々から鳥の飛ぶ姿は絶え、全ての小道まで、人の足跡が消えた。
ただ一槽の小舟に、蓑と笠の姿の老人がのる、雪の降りしきる川面にひとり釣糸を垂れている。


江雪
千山  鳥 飛ぶこと 絶え,
萬徑  人蹤(じんしょう)  滅(き)ゆ。
孤舟  簑笠(さりふ)の翁,
獨り釣る  寒江の雪。


江雪:川に降りそそぐ雪。厳しい冬の情景は、都より左遷されて、永州司馬となった作者の心象風景でもある。「絶」「滅」「孤」「獨」の語と入声韻がそのことをよく表している。

    千山鳥飛絶    萬徑人蹤滅

    孤舟簑笠翁    獨釣寒江雪

 「簑笠翁」と「寒江雪」で対になっている

千山鳥飛絶
山々から鳥の飛ぶ姿は絶え。 ・千山:多くの山々。 ・鳥飛絶:鳥の飛ぶ姿は絶え(水墨画の空には何もない)。 ・鳥飛:鳥が飛ぶ。 ・絶:たえる。なくなる。

萬徑人蹤滅
全ての小道まで、人の足跡が消えた。 *江雪は天地の生き物の姿を隠してしまった。 ・萬徑:多くの小道。 ・人蹤滅:人の歩いた跡が(積雪のため)消えてしまった。(人の気配が無く、ただ一面に広がる白い世界である。)。 ・人蹤:〔じんしょう〕人の歩いた跡。人の足跡。また、行為の跡。人の事跡。 ・滅:つきる。消える。なくなる。ほろびる。消えてなくなる。

孤舟簑笠翁
ただ一槽の小舟に、蓑と笠の姿の老人がのる。 ・孤舟:ぽつんとひとつだけの小舟。詩詞では孤独な人生の旅路にある者の表現にも使う。 ・簑笠翁:ミノ、カサを着けた男の老人。 ・簑笠:〔さりゅう〕ミノと(頭にかぶる)編み笠(かさ)。「萱、菅、藁等の茎や葉を編んで作った身に着ける雨具。 ・翁:男の老人。作者の心理を投影した人物像である。

獨釣寒江雪
雪の降りしきる川面にひとり釣糸を垂れている。 ・獨釣:ひとりだけで魚を釣っている。「孤」「獨」、ともに、ひとり、ひとりぼっち。孤独。 ・寒江雪:冬の川に降る雪。 ・寒江:冬の川。場所を敢えて比定すると、永州司馬であった永州を流れる湘江。

 21歳で科挙に及第し革新派の官僚として活躍する。支えてくれた、病弱な工程が死去(805)すると保守派が台頭し、改革運動に敗れ、33歳この地に左遷された。北で育った人間にとって、この地に慣れるのに時間がかかった。
政治に情熱を抱きながらも都から遠く離れた地で生活する現実、次第に山水の世界に引かれてくる。
 孤独に耐える自分を独り釣り糸を垂れる翁に置き換えて歌ったのだ。








柳宗元 2漁翁

湖南省永州、零陵(現・永州市)の朝陽巖(西山巖)。この朝陽岩(永州市を流れる瀟水の西岸の岩石)は現在、名所となっている。明代中期には、そのすぐ北の湘江と瀟水との合流点近くに柳子廟が建てられた。

樵と並んで、半俗の位置づけをされている。それ故、隠逸を願う人たちから屡々詩題とされた。

漁翁
夜傍西巖宿,曉汲清湘燃楚竹。
煙銷日出不見人,欸乃一聲山水香B
迴看天際下中流,巖上無心雲相逐。

漁師は、夜に朝陽岩に寄り添って泊まったが、夜明けになって、清らかな湘江の水を汲んで篠竹を燃やして朝ご飯を作った。
朝靄が消えて、日が出てきたが、人の姿は見かけることはなく、船こぎ調子の舟歌が響き渡り、山水の緑色を引き立てる。
ふり返えると水平線上、川の流れの中ほどを下くだるあたりに、巌(朝陽岩)の上の雲が無心にわたしの船を追いかけてくる。


漁翁   
漁翁ぎょをう 夜よる 西巖せいがんに傍そひて 宿しゅくし,
曉あかつきに 清湘せいしゃうを汲くみて  楚竹そちくを燃やす。
煙 銷きえ 日 出いでて  人を見ず,
欸乃あいだい一聲いっせい  山水 高ネり。
天際を迴看くゎいかんして  中流を下くだれば,
巖上がんじゃう 無心に  雲 相あひ逐おふ。


漁翁  漁師。漁師のお爺さん。

夜傍西巖宿
漁師は、夜に朝陽岩に寄り添って泊まったが。
 ・傍:そばによりそう。よりそう。そう。近づく。 ・西巖:西側の岩。
「朝陽岩」は瀟水の西岸にあり、次に「清湘」と、湘江を詠う。永州は湘江と瀟水の合流点ではあるが、両者(湘江と瀟水)はやや離れており、更に瀟水(下る)、合流点、湘江(永州の位置と考え合わせれば恐らく上る)と移動しなければならないという不自然さがある。そして、朝陽巖(西山巖)は流れが急で、碇泊には向かない ・宿:宿泊する。


曉汲清湘燃楚竹
夜明けになって、清らかな湘江の水を汲んで篠竹を燃やして朝ご飯を作った。
 ・汲燃 水を汲んで火を焚いて、朝餉の支度をしていることをいう。 ・清湘:清らかな湘江(しょうこう)の流れ。 ・湘:〔しょう〕湘水。現・湘江のこと。湖南省を貫流する川。る海陽山に源を発し、北流して洞庭湖に注ぐ大河。 ・楚竹:湘妃竹のこと。楚国に多い篠竹(しのだけ)の類で、斑竹ともいう。洞庭湖岸に多い。

煙銷日出不見人
朝靄が消えて、日が出てきたが、人の姿は見かけることはなく。
 ・煙:もや。 ・銷:消える。 ・日出:日が出る。日が昇る。 ・不見:見あたらなく(なった)。見あたらない。見えない。

欸乃一聲山水
船こぎ調子の舟歌が響き渡り、山水の緑色を引き立てる。
 ・欸乃:〔あいだい〕船頭が船をこぐとき調子をあわせて歌う歌。船の艪をこぐときのかけ声。舟歌。また、艪のきしる音。「欸乃一聲」とした表現で使われる。 ・山水:山と水。山と河。山と水との景色。風景。また、山中にある水。やまみず。谷川。

迴看天際下中流
ふり返えると水平線上、川の流れの中ほどを下くだるあたりに。
 ・迴看:ふり返り見る。 ・天際:水平線の彼方。天の涯。 ・下:くだる。動詞。 ・中流:川の流れの中ほど。河の真ん中の流れの激しいところ。河の中心線に該るところ。

巖上無心雲相逐
巌(朝陽岩)の上の雲が無心にわたしの船を追いかけてくる。
 ・無心:考えたり意識したりする心がない。自然であること。心中に何もとらわれた思いがないこと。 ・相逐:川の流れに乗って下っていく(去っていく)船に、雲が追いかけてくる





柳宗元3渓居 
柳宗元は、湖南省の永州に左遷された。永州は湘江と瀟水と合流点に近いところ。役人世界に碧碧していて、半俗の隠遁にあこがれを持っていた彼に、静かな日々がやってきた。

渓居
久為簪組束,幸此南夷謫。
闊ヒ農圃鄰,偶似山林客。
曉耕翻露草,夜榜響溪石。
來往不逢人,長歌楚天碧。



 長い間、官僚の生活に煩わされてきたが
 幸いに永州に左遷された
 農家の隣で世俗と離れ
 山林で隠者のようになった
 明け方には露に濡れた草を分け畑を耕し
 夜は岩に艪の音を響かせながら進む
 道を行っても会う人はいない
 青い空に向かって一人詠う


この時38歳。ここに左遷され、5年目。
役人世界の柵から離れ、悠々自適な生活はさながら隠者のよう

 ○韻 束、謫、客、石、碧。


久しく簪組の為に束わずらうも,幸いに此、南夷に謫たくせらる。
ひまに農圃の鄰に依り,偶たまたま山林の客に似たり。
曉耕 露草を翻し,夜榜 溪石に響く。
來往 人に逢ず,長歌 楚天 碧なり。

柳宗元は、自らの境遇を幸いと詠っていますが、風俗も習慣も違う土地であり、南方からの異民族の存在した。ここを”南夷”とも言っており、保守派の牛耳っている中央政府の様子は全く入ってこない。すこしばかり批判的なことを言ったとしても人もいないし、青空に抜けていくだけだ。
 隠者は、訪ねて会えず、人とも誰にも会わず、・・・・・が基本。隠遁生活にあこがれていたけれど、もう少し、中央政界で活躍したかった。深い寂寥感が木魂するだけだった。





柳宗元4 捕蛇者説  

捕蛇者説          柳 宗 元
 
永州之野産異蛇:K質而白章、觸草木盡死;以齧人、無禦之者。
然得而?之以爲餌、可以已大風、攣椀、瘻癘、去死肌、殺三蟲。
其始太醫以王命聚之、歳賦其二。
募有能捕之者、當其租入永之人、爭奔走焉。

有蒋氏者、專其利三世矣。
問之、則曰:
「吾祖死於是、吾父死於是、今吾嗣爲之十二、年幾死者數矣。」
言之貌若甚?者。
余悲之、且曰:
「若毒之乎?余將告於莅事者、更若役、復若賦、則何如?」

蒋氏大戚、汪然出涕、曰:
「君將哀而生之乎?則吾斯役之不幸、未若復吾賦不幸之甚也。
嚮吾不爲斯役、則久已病矣。
自吾氏三世居是郷、積於今六十歳矣。
而郷鄰之生日蹙、殫其地之出、竭其廬之入。
號呼而轉徙、饑渇而頓?。
觸風雨、犯寒暑、呼號毒癘、往往而死者、相藉也。
曩與吾祖居者、今其室十無一焉。
與吾父居者、今其室十無二三焉。
與吾居十二年者、今其室十無四五焉。
非死則徙爾、而吾以捕蛇獨存。
悍吏之來吾郷、叫囂乎東西、隋突乎南北:譁然而駭者、雖鶏狗不得寧焉。
吾恂恂而起、視其缶、而吾蛇尚存、則弛然而臥。
謹食之、時而獻焉。
退而甘食其土之有、以盡吾齒。
蓋一歳之犯死者二焉、其餘則熙熙而樂、豈若吾郷鄰之旦旦有是哉。
今雖死乎、此比吾郷鄰之死則已後矣、又安敢毒耶?」

余聞而愈悲、孔子曰:
「苛政猛於虎也!」
吾嘗疑乎是、今以蒋氏觀之、猶信。
嗚呼!孰知賦斂之毒。
有甚是蛇者乎!故爲之説、
以俟夫觀人風者得焉。









柳宗元5 汨羅遇風  


汨羅遇風  柳宗元

南來不作楚臣悲,重入修門自有期。
爲報春風汨羅道,莫將波浪枉明時。

都から離れ南来(なんらい)したのは、楚の屈原の悲憤慷慨を真似するためだったのではなく、十年ぶりに都門に再び入ることになったが、まあまあそれなりの時期にあったのだろう。
屈原が身を投げた汨羅(べきら)江の畔(ほとり)の道で、春風に言っておきたいが、汨羅江(べきらこう)の波浪を起こさせて、明徳の治世をまげないでほしいものだ。

汨羅べき らにて風に遇あふ       
南來なんらいは 楚臣 そ しんの悲ひを 作なすにあらず,
重かさねて 修門しうもんに入いる  自おのづから 期き 有り。
爲ために報はうず 春風しゅんぷう  汨羅べき ら の道,
波浪を將もって  明時を枉まげしむる 莫なかれ。


汨羅遇風
屈原が自殺した汨羅で(時世の)風にであって(、ときめいた)。 *作者・柳宗元は、中央政界を離れて十年に亘る永州での左遷生活を終えて、上京の途上にあり、汨羅の傍を通った。今度のこの上京こそ、中央への復帰の機会になるのだと、心ときめかしていた。そのような意の題。 ・汨羅:〔べきら〕戦国時代の楚国の王族・屈原(屈平)が投身自殺した川の流れ。現・江西省修水県の西南を源として、湖南省東北部を西流して湘水に入る流れ。屈原は嘗て三閭大夫に任じられるが、楚の懐王のとき、尚の讒言のため、職を解かれた上、都を逐出されて各地を流浪した。その放浪の折り、多くの慷慨の詩篇辞賦を残した。やがて、秦が楚の都郢を攻めた時、屈原は汨羅(現・湖南長沙の南方)に身を投げて自殺した。時に、前278年の五月五日で、端午の節句の供え物(粽)は、屈原を悼んでのものともいう…。。 ・遇風:時世の順風にめぐりあう。時世に合ってときめく感じを(も)謂う。

南來不作楚臣悲
都から離れ南来(なんらい)したのは、楚の屈原の悲憤慷慨を真似するためだったのではなく。 ・南來:南の方へやって来る。作者・柳宗元は、政争で、現・湖南省永州の司馬に左遷されたことを謂う。 ・楚臣:ここでは前出・屈原のことを指す。戦国時代の楚の名門政治家であったが、時世を憂えて、汨羅に身を投じた。

重入修門自有期
十年ぶりに都門に再び入ることになったが、まあまあそれなりの時期にあったのだろう。 ・重入:またもう一度入る。若いときに、河東(現・山西省)から官吏となるために首都・長安に入り、今回、永州に左遷された後、十年ぶりに、首都・長安にもどって来たことを謂う。 ・修門:都の城門を指す。本来は、春秋時代の楚の都である郢(えい;ying3)の城門のことで、ここでは『楚辭・招魂』「魂兮歸來,入修門些(さ『楚辭』などで、文末にあって余情を添えることば)。」及び、王逸の注「修門,郢城門也。」とあり、ここでは唐の都・長安の城門。 ・自:自然と。おのずと。 ・有期:期限がある。

爲報春風汨羅道
屈原が身を投げた汨羅(べきら)江の畔(ほとり)の道で、春風に言っておきたいが。 ・爲報:言っておく。

莫將波浪枉明時
汨羅江(べきらこう)の波浪を起こさせて、明徳の治世をまげないでほしいものだ。 ・莫將:…に…をさせるな。 ・波浪:なみ。なみかぜ。 ・枉:〔わん〕まげる。ゆがめる。 ・明時:平和に治まっている世の中。明徳の治世。昭代。清時






柳宗元6 再上湘江  

再上湘江   柳宗元

好在湘江水,今朝又上來。
不知從此去,更遣幾年迴。

湘江(しょうこう)の川は、幸いにも流れており、今日、またもや湘江を遡上して来た。
ここから去って更に奥地に遣(つか)わされて、いつになったら帰ることになるのか分からない。更に奥地に遣(つか)わされて、いつになったら帰ることになるのか分からない。

再び湘江しゃうかうを上のぼる       
好よし 湘江しゃうかうの水 在ありて,
今朝こんてう  又また 上のぼり來きたる。
知らず  此ここより去りて,
更さらに遣つかはして  幾いづれの年か 迴かへらん。

                      
再上湘江
ふたたび湘江(しょうこう)を溯(さかのぼ)る。 ・再上:ふたたび溯源する。ふたたび湘江(しょうこう)を溯(さかのぼ)ってきた。十数年前には、永州司馬として、湘江(しょうこう)を溯(さかのぼ)って来たが、今度は、その永州から更に湘江を西南に遡ること250キロメートル奥の柳州の司馬として、湘江をふたたび上ってきた。 ・湘江:〔しゃうこう〕湘水。現・湘江。湖南省を貫流する川。現・広西チワン(壮)族自治区北東部の興安県にある海陽山に源を発し、北流して洞庭湖に注ぐ大河。前の柳宗元2『漁翁』に「夜傍西巖宿,曉汲清湘燃楚竹。煙銷日出不見人,欸乃一聲山水香B迴看天際下中流,巖上無心雲相逐。」とある。永州は、ページ先頭に示す地図の3-dで、柳州は同地図の4-cを参照。

好在湘江水
湘江(しょうこう)の川は、幸いにも流れており。
 ・好在:幸いにも。 ・水:流れ。みず。川の総称。

今朝又上來
今日、またもや湘江を遡上して来た。
 ・今朝:今日。きょうのあさ。けさ。「今朝」や「今宵」、「今日」「今夕」を使いわける。 ・又:またしても。またもや。かつては永州司馬として南来し、今回は柳州司馬として、またしても湘江の畔にやってきたこと。 ・上來:溯行してくる。

不知從此去
ここから去って更に奥地に遣(つか)わされて、いつになったら帰ることになるのか分からない。 ・不知:わからない。 ・從此去:ここから去って。ここより去って。ここ・永州附近から湘江を遡(さかのぼ)る意。

更遣幾年迴
更に奥地に遣(つか)わされて、いつになったら帰ることになるのか分からない。
 ・更:一層。柳州は、永州から湘江を遡(さかのぼ)ること250キロメートルの奥地。 ・遣:遣(つか)わす。 ・幾年:何年(一桁の数値)。何年間。 ・迴:かえる。もどる。





柳宗元7 登柳州峨山

登柳州峨山  

登柳州峨山
荒山秋日午,獨上意悠悠。
如何望ク處,西北是融州。

柳州にある峨山に登る。
雑草が地を覆った山に、秋の一日の正午、ひとりでのぼり、遠くはるかな故郷を思う。
どうしよう、ふるさとを遥かにながめる方向には、西北に、融州があるだけ。

柳宗元は革新派の官僚、都は守旧派の官僚で占められ、もうどうしようもない。通常、幸せを祈るために登高するのである。 登高を詠う場合、遠くはるかな故郷を思うのである。しかし柳宗元が思う故郷長安にはもう帰ることはないだろう。望郷の想いが逆説によって深められたものである。


柳州の峨山に登る
                       
荒山  秋日 午(ご)なり,獨り(ひと)上(のぼ)りて  意 悠悠(いういう)たり。
如何(いかん)ぞ  望クの處,西北は  是(こ)れ 融州(ゆうしう)。


登柳州峨山
柳州にある峨山に登る。 ・登:登る。高いところへ登り故郷を偲んだ登高でもある。 ・柳州:現・広西壮族自治区・柳州市。作者の任地で、柳州の刺史であった。ページ先頭に示す地図の4-cを参照 ・峨山:柳州にある山、詳しいことは不明。

荒山秋日午
雑草が地を覆った山に、秋の一日の正午。
 ・荒山:雑草が地を覆った山。詩題にでてくる柳州にある峨山のことになる。上の写真は桂林附近なので、恐らく峨山もこのようなところではないか。 ・秋日:秋の日。 ・午:ひる。正午。

獨上意悠悠
ひとりでのぼり、遠くはるかな故郷を思う。
 ・獨上:ひとりでのぼる。 ・意:思い。 ・悠悠:〔ゆうゆう〕うれえるさま。遠くはるかなさま。のんびりしたさま。

如何望ク處
どうしよう、ふるさとを遥かにながめる方向には。
 ・如何:どうしようか。どうするか。(処置を問う)。いかん。 ・望ク:ふるさとを遥かにながめる。郷里を懐かしがる。ここは、前者の意。

西北是融州
ふるさとを遥かに望むはずの西北の方向は、隣の融州である。
 *故郷を望むことができない落胆をいう。 ・西北:地図で見れば、柳州から長安や河東は、真北1500キロメートルのところで、北方向である。西北は方向性より、遠隔を示す言葉。柳宗元は長安から船で東に下っているため、そういう表現をした。 ・是:…は…である。これ。。 ・融州:〔ゆうしう〕柳州の北西80キロメートルのところ。現・広西壮族自治区・融安。柳州の西北に接しており、潭水で繋がっている。同地図3と4の間cの地点、地図には明記していない。

 登柳州城樓寄?汀封連四州  柳宗元

城上高樓接大荒,海天愁思正茫茫。
驚風亂?芙蓉水,密雨邪侵薛茘牆。
嶺樹重遮千里目,江流曲似九迴腸。
共來百越文身地,猶是音書滯一ク。




柳州りうしうの城樓に登りて ?しゃう・汀てい・封ほう・連れんの四州に寄す       


城上じゃうじゃうの高楼  大荒たいくゎうに接し,
海天かいてんの愁思しう し   正に茫茫ばうばう。
驚風きゃうふう 乱れ?うごかす  芙蓉 ふ ようの水,
密雨みつ う  斜めに侵す  薜茘へいれいの牆かべ。
嶺樹れいじゅ 重かさなりて  千里の目を遮さへぎり,
江流 曲がりて 九廻きうくゎいの腸に 似たり。
共に来たる  百粤ひゃくゑつ 文身ぶんしんの地,
猶なほ是これ 音書いんしょ  一郷いちがうに滞とどこほる。




登柳州城樓寄?汀封連四州
柳州城の城郭の高殿に登って、?州(?浦)・汀州(長汀)・封州(封川)・連州(連県)の四つの地方(に左遷された仲間の許に、手紙で)この詩を送る。 *異域・柳州での鬱屈した生活を詠う。 ・柳州城樓:作者が柳州刺史として滞在していた柳州の城郭の高殿。 ・寄:手紙で詩歌を送る。第八句で「猶自音書滯一ク」と詠われている通り、実際上の文通は不可能だったに違いない。ただ、作者としては、この詩を「寄」(送り届け)たかった。その思いが込められた一語。 ・?汀封連四州:?州(現・?浦)・汀州(現・長汀)・封州(現・封川)・連州(現・連県)の四つの地方。「順宗(永貞)の革新」に柳宗元とともに参加し、「永貞の内禅」の後、ともに失脚した同志の韓秦、韓曄、陳謙、劉禹錫らが左遷された地方名。「?」は「?州(現・福建省南端の?浦)」、「汀」は「汀州(現・福建省西部の長汀。山を夾んで瑞金と隣りあっている。)」、「封」は「封州(現・広東省西端の封川)」、「連」は「連州(現・広東省西北の連県)」。全て、南部の南嶺のまた南の異民族の地の名。


城上高樓接大荒
城郭の上の高楼は、(中原を離れた)遠隔地に接近しており。 *高殿(たかどの)に登ってみれば、すぐ目に入るのは ・城上:城郭の上。 ・高樓:たかどの。 ・接:近づける。まじわる。合う。つながる。 ・大荒:〔たいこう〕中原から遠く離れた所。日月の没する所。遠地。

海天愁思正茫茫
広く大きい空の物悲しげなさまは、茫茫として果てしがない。 ・海天:ここでは、広く大きい空の意。 ・愁思:うれえ思うこと。うれえ。うれいの心。 ・正:ちょうど。まさしく。まさに。あたかも。常に。 ・茫茫:〔ぼうぼう〕広々として果てしないさま。ぼうっとしてはっきりしないさま。

驚風亂?芙蓉水
荒れ狂う風がハスの花のある水面を乱し波立たせて。 *この聯は、近景での「月に叢雲(むらくも)花に風」が起こっているのを詠う。 ・驚風:激しい風。荒れ狂う風。 ・?:〔せん〕そよがせる。(風が物を)動かす。波立てる。 ・芙蓉:ハスの花。また、モクフヨウ(木芙蓉)。アオイ科の落葉低木。ここは、前者の意。

密雨邪侵薛茘牆
しげく降り続ける雨は、よこしまにも(斜めになって)、マサキノカヅラでできた壁に染み込んでくる。 *異域の苛烈な情景を詠う。 ・密雨:しげく降る雨。 ・邪:〔じゃ(しゃ)〕ななめ。=斜。よこしま。 ・侵:おかす。しだいに入り込む。 ・薛茘:〔へいれい〕オオイタビ。暖地の山地に生ずるクワ科の匍匐性常緑低木。隠者の衣。『楚辭・九歌・山鬼』に「若有人兮山之阿,被薜茘枝兮帶女羅。」とある。また『楚辭・離騷』では、人の麗しいさまの形容として使われる。 ・牆:〔しょう〕壁。かき。垣根。塀。

嶺樹重遮千里目
嶺々の木々は重なりあって、遠くまでの眺望を遮(さえぎ)り。*この聯は異域の遠景を詠うとともに、「順宗(永貞)の革新」に作者・柳宗元とともに参加した仲間の左遷先を眺めようとしても、山の嶺に生えている樹木が道を覆い隠して見通せなくしているさまを詠い、「江流曲似九迴腸」では、水路も、陸路同様に、曲がりくねっていて辿りがたいさまを詠う。 ・嶺樹:南嶺の南(嶺南)の木々。嶺々の木々。五嶺の南の木々。 ・重:〔ちょう〕かさなる。 ・遮:さえぎる。 ・千里目:遥か彼方までの眺望。ここでは、?州(?浦)・汀州(長汀)・封州(封川)・連州(連県)の四つの地方に左遷された仲間の許を望み見たかったことを謂う。

江流曲似九迴腸
川の流れは曲がっており、何度も曲がりくねった腸に似ている。 *水路も(陸路同様に)仲間の許に辿り着き難(がた)いさまを詠う。 ・江流:川の流れ。 ・曲:曲がり方。 ・九迴腸:何度も曲がりくねった腸。 

共來百越文身地
中国東南部の未開で入れ墨をした百越の原住民のいる地に、(手紙も)一緒に来た(はずなのに)。 ・共來:一緒に来る。 ・百越:周代まで江南の浙江省南部、福建省、広東省、広西チワン族自治区からベトナムにいたる地域に住んでいた、諸々の未開民族である百越族の総称。越、粤。 ・文身:入れ墨(刺青)。百越の習俗でもある。

猶是音書滯一ク
手紙類は、まだどこかの村で停滞しているようだ。 *仲間との文通も難しいということを謂う。 ・猶是:ずっとまだ。「猶自」ともする。「猶自」の意は、なおまだ。 ・音書:便り。手紙。 ・滯:とどこおる。 ・一ク:どこかのとある村。









    

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