無題(重幃深下莫愁堂) 李商隠 10


無題(重幃深下莫愁堂) 李商隠 10 題をつけられない詩。
恋していることが辛いこと、どうしようもない恋。

無題
重幃深下莫愁堂、臥後清宵細細長。
紳女生涯原是夢、小姑居処本無郎。
風波不信菱枝弱、月露誰敦桂葉香。
直道相思了無益、未妨悔恨是清狂。

無益な恋に悩む自からを憐れむ歌。
幾重ものとばりを深くおろし、外と遮断された豪華なやしきの奥深いところ、そこには、むかしの洛陽の美女莫愁(ばくしゅう)の奥座敷に匹敵する座敷がある。人が寝静まった、静寂で清々しい夕べの一時がそこに連綿とつづいていく。
楚の懐王と高唐で契った神女の一生、それは夢のうちに過ぎたものであった。それと同じに、あなたと一夜を共にし、それが一生にも感じたことが、すべて夢であったというのか。むかし、小姑のところには男がおりませぬ、と歌って、束の間に姿を消した仙女のように、今はもう、冷たくあしらって私をよせつけなくなった。
風波のはげしさは、庭の池に咲く菱花のひ弱な枝にとって、とうてい凌ぎ切れないものだ。澄んだ空に月光、冴える今宵、一面に降りた露、桂の香もおとろえたものを、誰が芳しく匂わせることができよう。恋しい女のかおりも、私とは無縁に衰えるのだろうか。
このままあなたを恋し続けたとしても、もう無益なことだと分ってきたつもり、いうならいってもいいと思っている。だけど、失われた恋の悲しみにこだわるその嘆きそのものが、清新の心に突き進むことであってもいいわけなのだ。

無題
重幃 深く下す 莫慾の堂、臥後清宵 細細として長し
神女の生涯原と是れ夢、小姑の居処本と郎無し
風波は信ぜず菱枝の弱きを
月露 誰か桂葉をして香しからしめん
直え相思了に益無しと遣うも
未だ妨げず 悔恨は是れ晴狂なるを

無題
○無益な恋に悩む自からを憐れむ歌。

重幃深下莫愁堂、臥後清宵細細長。
幾重ものとばりを深くおろし、外と遮断された豪華なやしきの奥深いところ、そこには、むかしの洛陽の美女莫愁(ばくしゅう)の奥座敷に匹敵する座敷がある。人が寝静まった、静寂で清々しい夕べの一時がそこに連綿とつづいていく。
○重幃 幾重ものとばり。○莫愁 古くから楽府に歌われる郢州(湖北省)石城の美女の名であるが、李商隠は梁の武帝蕭衍(464−549)の楽府によると蘆氏に嫁いだ洛陽の女児のこと。○堂 座敷。○清宵 清々しい宵、秋の夕べ。

紳女生涯原是夢、小姑居処本無郎。
楚の懐王と高唐で契った神女の一生、それは夢のうちに過ぎたものであった。それと同じに、あなたと一夜を共にし、それが一生にも感じたことが、すべて夢であったというのか。むかし、小姑のところには男がおりませぬ、と歌って、束の間に姿を消した仙女のように、今はもう、冷たくあしらって私をよせつけなくなった。
○神女 楚の宋玉の高唐の賦及び神女の賦に登場する巫山の神女のこと。昔、楚の懐王が高唐の楼台に遊宴し、その昼寝の夢に神女と会って交わった。その神女は立去る時、「妾は巫山の陽におりますが、あしたには朝雲となり、碁には行雨となって、日夜、陽台の下におりましょう。」と言った。王が朝、眺めてみると、その言葉の通りだったという。○小姑 妹娘のこと。原注に、「古詩に小姑は郎無しの句有り。」という。その古詩とは、楽府神絃歌の青渓小姑曲のことで、ここでは梁の呉均の「続斉諧記」に出てくる齢若い仙女を指す。会稽の超文韶なる者と、つかのまの歌合せをして消え去ったという。○郎 思いをやるきみ。女性が男性を呼ぶ親称。

風波不信菱枝弱、月露誰敦桂葉香。
風波のはげしさは、庭の池に咲く菱花のひ弱な枝にとって、とうてい凌ぎ切れないものだ。澄んだ空に月光、冴える今宵、一面に降りた露、桂の香もおとろえたものを、誰が芳しく匂わせることができよう。恋しい女のかおりも、私とは無縁に衰えるのだろうか。
○不信 まかせず。そのままに放っておかない。○月露桂樹 桂は木犀など香木の総称。月に生えている伝説上の木。優れたものの喩として使われるが、ここは、月の中の桂の葉の香しいであろう匂いも実際にはとどかない。女が自分にて手の到かねものとなったという意味である。

直道相思了無益、未妨悔恨是清狂。
このままあなたを恋し続けたとしても、もう無益なことだと分ってきたつもり、いうならいってもいいと思っている。だけど、失われた恋の悲しみにこだわるその嘆きそのものが、清新の心に突き進むことであってもいいわけなのだ。

○直道 直は詩語としてしばしばたとえ何何であってという仮設の語となる。道はいう。 ○了 ついにとよむが、まったくの意。○清狂 俗世間を「濁」とし、清新社会を「静」とする。狂はもっぱらする。没頭することの意味で使うが、志が大きいけれど、その通りにならないという意味でもある。

 芸妓は宮廷、官妓、民妓、商妓、家妓とあり、また異種的な巫女(神女)も同様に女性の働き場のない時代の唯一の働き場であった。中国にあった纏足もこれらを背景に唐時代からの流行となったものだ。「素足」の女という表現で足にセックスアピールしていたのだ。白く小さな脚ほど喜ばれた。
 李商隠の生きたこの時代は、朝廷内の風紀は乱れ、朝廷も宦官たちの采配でほとんど決まっていた。宦官は道教と結託しており皇帝は全くの飾り物となっていた。
 朝廷の改革などできる状態ではなく、政治批判に近い表現もできるものではなかった。
 李商隠の『無題』シリーズの一首、一首はそれ其れの芸妓が哀れにも吐き捨てられていったことを芸妓の側から、恋歌として表現したものである。
 無益な恋、為さぬ恋、・・・理不尽な、わが身勝手な行為を批判したものなのだ。ただ、自分が経験したものでなく、見聞きしたものから作詩しているのと登場人物を特定できないようにしているため難解になる傾向にある。


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