碧城三首 李商隠 13


碧城三首  李商隠 13 「恋の無題詩」
「恋する人へ打ち明けた思いの詩」

碧城三首
其一 
碧城十二曲蘭干、犀辟塵埃玉辟寒。
?苑有書多附鶴、女牀無樹不棲鸞。
星?海底當?見、雨過河源隔座看。
若是暁珠明又定、一生長對水精盤。

其の一
碧城に 十二蘭干 曲る、犀辟 塵埃玉寒 辟く。
?苑 書有り 多く鶴に附す、女牀 樹無なし 鸞らんを棲すましめざる。
星の海底に?むは ?に當って見え、雨の河源を過ぐるは 座を隔てて看る。
若し是れ 暁珠 明又た定らば、一生 長く対せん 水精盤。

其の一(ラブレター)
碧城十二曲蘭干、犀辟塵埃玉辟寒。
崑崙山の碧い霞のたちこめるその仙人の館は、十二曲りもの渡り廊下の曲折する豪壮さである。その館の中は、塵除けの不思議な海獣の角が置かれて清らけく、光かがやきつつ熱をも発する宝玉が備えられて、部屋はいつもあたたかい。
○碧城 仙人の住む碧い霞の館。「元始天尊は紫雲の闇に居り、碧霞を城と為す。」と宋初の類書「太平御覧」に
ある。この題は詩句の冒頭の言葉を取ったもので、無題詩に類する恋の歌である。○曲蘭干 曲りくねった長い蘭干。十二は曲蘭干にかかる形容で、十二まがりということで碧城が十二あるというのではない。○犀辟塵挨 却塵犀とよばれ、南海に住むという海獣。その角は塵をよけると考えられ、座席に置いたり女性の簪にしたりする。梁の任ムの「述異記」、及び五代の劉怐の「嶺表録異」などの書にある。実際には解熱剤となる。○玉辟寒 唐の王仁裕の「開元天宝遺事」に、扶桑(一本は扶余)国が火玉なる大きな宝石を貢物として、唐の玄宗皇帝に贈ったが、それは真っ赤な色をしていて、反射光が遠くまで及んだという記事がある。寧王がその玉で酒盃を作ったところ、その盃 の置かれた部屋は温かで、綿入を着る必要はなかった。

?苑有書多附鶴、女牀無樹不棲鸞。
西の理想郷の庭園、?風苑には、しばしば手紙を寄せる使者となる、多くの鶴が書を受けてくれる。また、東のその名も艶めかしい女牀山には、鸞鳥が樹上ではなく寝牀にいた。
○?苑 道教に言う中国西方の理想郷、仙女西王母が住んでいたという崑崙山中の?風苑のこと。○附鶴 附は手紙をことづけること。道教では、青い鳥、鶴や白雲は音信を伝えるものと考えられた。〇女牀 東の理想郷の仙山の名である。「山海経」に「女牀山に鳥有り。其の状は?の如く、五采の文あり。名づけて鸞鳥という。」としめして。女牀と?苑の対はとは東西の方向対を示す。・鸞鳥 理想郷に棲む想像上の鳥。羽の色は赤色に五色を交え声は五音に合うという。

星?海底當?見、雨過河源隔座看。
鶴が鸞鳥にことづてを伝わると、あけがたになって、星星が東方の大海、その青い海底に沈んでゆく有様も、その碧城の窓から望むことができる。そしてまた恋人同志は、雨雲が彼方の西のかなたの河源のあたりの空を雨降らしながらよぎるのを、座を隔てて眺められるのだ。
○海底・河源 東の大海の海底に対して河源は旬奴との境のあたりの西の辺境を指す、黄河の源、海底と河源の対は、同様に東西の方向の対をも意味する。
通説では、東西が反対に間違って解釈されている。

若是暁珠明又定、一生長對水精盤。
暁の五色に輝く真珠、その真珠のきらめきが、やがてまた一つに集って太陽の輝きとなって一定するように、たとえば夢幻の中に、ぴかぴか光る情念の光彩が、もし一つの現実の光に凝集するならば、私は生涯にわたって、他の一切を忘却し、水晶盤のような愛の透明さにだけ向い合っていてもいい、と思う。
○暁珠 これについては諸説あるがこの真珠は、「その光彩月の、ことく、夜に人を照せば美醜にかかわらず、皆端麗に見えたと。」暁珠とは暁の太陽の彩光の喩えであると解するのが妥当と考える。○明又定 定は安定すること。○水精盤 水精は水晶に同じ。



李商隠 8 無題 (昨夜星辰昨夜風) 題をつけられない詩。
秘められた恋、許されない恋。いつの世も後に残るのはせつない思いか。
七言律詩 無題
昨夜星辰昨夜風、畫樓西畔桂堂東。
身無綵鳳雙飛翼、心有靈犀一點通。
隔座送鉤春酒暖、分曹射覆?燈紅。
嗟余聽鼓應官去、走馬蘭臺類轉蓬。
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