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盧仝  走筆謝孟諫議寄新茶


中唐詩人ID-44 盧仝 走筆謝孟諫議寄新茶#1 kanbun-iinkai紀頌之の李商隠と中唐の漢詩ブログ251


盧仝【ろどう】(生年不詳−835年)中唐の詩人。出世の志なく、若いときから少室山(河南省)に隠棲して学問を究めた。宦官を揶揄する詩、『月蝕詩』を作った。この詩により、甘露の変のとき王涯の邸で会食していたところを逮捕された。盧仝は宦官一掃の計画となんの関わりもなかったが殺された。茶を愛好し、玉川泉から水を汲んで茶を煮出したため、玉川子を号とした。『玉川子詩集』。

王涯【おうがい】(765?〜835)太原の人。唐の貞元八年(792)、進士及第。文宗(李昂)の時、太常卿として召され、吏部尚書総塩鉄をつとめ、司空・門下侍郎に上った。甘露の変(宦官勢力の打倒を企図した事件)に連座して殺された。


韓愈、孟郊と親交があり、韓愈のグループとされている。孟郊の詩『答盧仝』では盧仝像が全く見えないので盧仝の代表作『走筆謝孟諫議寄新茶』を掲載する。


走筆謝孟諫議寄新茶
筆を走らせて孟諫議に新茶を届けていただいた感謝を述べる。
#1
日高丈五睡正濃、軍將扣門驚周公。
真昼の太陽がまだ高い所にあるのに昼寝をぐっすりとしてしまい孔子のように礼節を思い浮かべていたら、使いと名乗る低い地位の武官〈軍将〉が門をたたいて、孔子が夢見た周公でさえすっ飛んで私は目覚めた。
口傳諫議送書信、白絹斜封三道印。
まず、口頭で孟諫議くんの書信を持ってきたと軍将がいう。その書簡は、白絹に包み、斜めに封じて、さらに三つの印が押してあった。
開緘宛見諫議面、首閲月團三百片。
封緘を開けると孟諫議の顔を浮かべた。親友自ら、新芽を選び摘んでくれ、たくさんの茶葉でまるい月のように團茶にして上等茶にしてくてたようだ。
聞道新年入山里、蟄虫驚動春風起。」
聞くところによると、新年早々、茶摘みに茶山の里に入ったらしい、入山は土の中で冬眠の虫たちが起こし目覚めさせ、里山は春風におおわれる。

#2
天子須嘗陽葬メA百草不敢先開花。
天子がぜひとも陽曹フ茶を啜りたいと思召しておられる。しかし、百草はあえて天子のために先がけて花を開こうとはしないのである。
仁風暗結珠琲蕾、先春抽出黄金芽。
天子に求められる仁徳による教化と同じように、人の知らないところで茶樹に真珠のような蕾をつけるものであり、そうであれば春に先駆けて黄金色の新芽を吹き出すのである。
摘鮮焙芳旋封裹、至精至好且不奢。
鮮葉を丁寧に摘み、焙煎、揉み込み香り立つ茶の持つものをその中に心を込めて封じ込めるのである。それがもっともすぐれているものであり、最も好まれているものである、それをけっして奢りとしない。
柴門反關無俗客、紗帽籠頭自煎吃。
まず、紫門を閉じ俗客が入ってこれないようにするのでゆっくり茶を楽しめる。頭巾で頭を包み、邪念を拂う、そして貰った茶葉を自ら煎じて啜る。
碧雲引風吹不斷、白花浮光凝碗面。」
碧雲の湯気が茶湯から風に引かれるようにわいて止むことはない、白い花(雪)のような茶の泡が光を放つように茶碗の周り表面に満面に浮んでいる。

一碗喉吻潤、兩碗破孤悶。
一碗目のお茶をすすると、まず口に広がりのどがうるおう。二碗目は、いまだ捨てきれず一人もだえている煩悩に悶々としているのを破ってくれる。
三碗搜枯腸、唯有文字五千卷。
三碗目のお茶は、文才のない私の腸にしみわたり、探り出してくれ、経論五千巻が込められた茶により、詩文を蘇えらせてくれる。
四碗發輕汗、平生不平事、盡向毛孔散。
四碗目のお茶は、体の中を駆け抜けて軽い汗となって発散する、何事にも平常心でむかうべきところなのに平時のことではないことになり、それぞれの毛穴から噴出してゆく。
五碗肌骨清、六碗通仙靈。
五碗目には体の中の不純物が発散されたので肌や骨まで清らかになる、六碗目になると、ただ事ではなく仙界や霊域に行きついてしまう。
七碗吃不得也、唯覺兩腋習習清風生。
七碗目は仙界と霊域に達したからには口にして啜ることはいけない、ここまで来るともう、両脇からシューシューッと爽快な風が吹き抜け新しい気分が生まれるのを感じることがわかる。
蓬莱山、在何處玉川子乘此清風欲歸去
仙人が棲む蓬莱山はいったいどこにあるというのか。このお茶を飲んだうえでは、玉川子(盧仝の号)が清々しい風にのって、蓬莱山まで飛んでゆきたいものだ。
山上群仙司下士、地位清高隔風雨。
山頂に棲む仙人たちのように朝廷内の官僚は凡夫であると最下級の士を管理監督している。地位が高いというだけで清廉で気高いこととは風雨によって隔てられている。(茶を飲み、至福をむかえてもそれに驕らず仁徳を持つことが必要だ。)
安得知百万億蒼生命、墮在?崖受辛苦。
仁徳なくしてどうして百万億の多くの民衆たちの命を知りうることができるというのか。そうでなければ山の頂上のような高い地位があり、峻崖のように険しいがけのような地位もある、やがて艱難辛苦に苦しむ事になるというものだ。
便為諫議問蒼生、到頭還得蘇息否?
だから諫議大夫という地位にある君は、民衆に次のことを質問するといい。結局のところ、再び民衆の彼らが(我々がお茶を飲んで)一息ついて安らぐことができるかどうかを。(それを高級官僚にいってくれ。)



日高きこと丈五 睡り 正に濃く、軍將 門を扣(たた)きて周公を驚かす。
口傳す諫議書信を送ると、白絹斜めに封ず三道の印。
緘を開けば宛(さな)がら見る諫議の面、首(はじ)めに月の團(まろ)きを閲(けみ)する三百片。
きくならく新年山里に入り、蟄虫驚動して春風起る。」


天子須【すべから】く嘗【な】むべし陽曹フ茶、百草敢えて先ず花を開かず
仁風暗に結ぶ珠琲蕾【しゅばいらい】、春に先だって抽出す黄金の芽。
鮮を摘み芳を焙ってやや封裹【ほうか】す、至精至好 且つ奢らず。
至尊之餘合王公、何事便到山人家。
至尊の餘 王公にかなうに、何事ぞすなわち到る山人の家
柴門反って關【とざ】して俗客なし、紗帽 籠頭 自ら煎吃【せんきつ】す。
碧雲風を引き吹いて斷たず、白花浮光 碗面に凝る。

一碗喉吻うるおう、兩碗孤悶を破す。
三碗枯腸をさぐる、唯だ有り文字五千卷。
四碗輕汗を發す、平生 平事ならず、盡々く毛孔に向かって散る。
五碗肌骨清し、六碗仙靈に通ず。
七碗吃するを得ざるなり、唯だ覺ゆ 兩腋 習習として清風生ずるを。
蓬?山、いづくにかある。玉川子 此の清風に乘じて歸り去【ゆ】かんと欲す。
山上の群仙 下士を司どる、地位 清高 風雨を隔つ。
いずくんぞ百万億蒼生の命を知るを得ん、?と崖 在り墮ちて 辛苦を受くるを。
すなわち 諫議 蒼生に問うをなし、到頭 還た蘇息を得べしや否や。


八女茶 畑
本文とは関係のないイメージ写真です。

 現代語訳と訳註
(本文)走筆謝孟諫議寄新茶
#1
日高丈五睡正濃、軍將扣門驚周公。
口傳諫議送書信、白絹斜封三道印。
開緘宛見諫議面、首閲月團三百片。
聞道新年入山里、蟄虫驚動春風起。」

天子須嘗陽葬メA百草不敢先開花。
仁風暗結珠琲蕾、先春抽出黄金芽。
摘鮮焙芳旋封裹、至精至好且不奢。
柴門反關無俗客、紗帽籠頭自煎吃。
碧雲引風吹不斷、白花浮光凝碗面。」

一碗喉吻潤、兩碗破孤悶。
三碗搜枯腸、唯有文字五千卷。
四碗發輕汗、平生不平事、盡向毛孔散。
五碗肌骨清、六碗通仙靈。
七碗吃不得也、唯覺兩腋習習清風生。
蓬?山、在何處?玉川子乘此清風欲歸去。
山上群仙司下士、地位清高隔風雨。
安得知百万億蒼生命、墮在?崖受辛苦。
便為諫議問蒼生、到頭還得蘇息否?


(下し文)
日高きこと丈五 睡り 正に濃く、軍將 門を扣(たた)きて周公を驚かす。
口傳す諫議書信を送ると、白絹斜めに封ず三道の印。
緘を開けば宛(さな)がら見る諫議の面、首(はじ)めに月の團(まろ)きを閲(けみ)する三百片。
きくならく新年山里に入り、蟄虫驚動して春風起る。

天子須く嘗むべし陽曹フ茶、百草敢えて先ず花を開かず
仁風暗に結ぶ珠琲蕾(しゅばいらい)、春に先だって抽出す黄金の芽。
鮮を摘み芳を焙ってやや封裹(ほうか)す、至精至好 且つ奢らず。
至尊之餘合王公、何事便到山人家。
至尊の餘 王公にかなうに、何事ぞすなわち到る山人の家
柴門反って關(とざ)して俗客なし、紗帽 籠頭 自ら煎吃(せんきつ)す。
碧雲風を引き吹いて斷たず、白花浮光 碗面に凝る。

一碗喉吻うるおう、兩碗孤悶を破す。
三碗枯腸をさぐる、唯だ有り文字五千卷。
四碗輕汗を發す、平生 平事ならず、盡々く毛孔に向かって散る。
五碗肌骨清し、六碗仙靈に通ず。
七碗吃するを得ざるなり、唯だ覺ゆ 兩腋 習習として清風生ずるを。
蓬?山、いづくにかある。玉川子 此の清風に乘じて歸り去【ゆ】かんと欲す。
山上の群仙 下士を司どる、地位 清高 風雨を隔つ。
いずくんぞ百万億蒼生の命を知るを得ん、?と崖 在り墮ちて 辛苦を受くるを。
すなわち 諫議 蒼生に問うをなし、到頭 還た蘇息を得べしや否や。


(現代語訳)
筆を走らせて孟諫議に新茶を届けていただいた感謝を述べる。
真昼の太陽がまだ高い所にあるのに昼寝をぐっすりとしてしまい孔子のように礼節を思い浮かべていたら、使いと名乗る低い地位の武官〈軍将〉が門をたたいて、孔子が夢見た周公でさえすっ飛んで私は目覚めた。
まず、口頭で孟諫議くんの書信を持ってきたと軍将がいう。その書簡は、白絹に包み、斜めに封じて、さらに三つの印が押してあった。
封緘を開けると孟諫議の顔を浮かべた。親友自ら、新芽を選び摘んでくれ、たくさんの茶葉でまるい月のように團茶にして上等茶にしてくてたようだ。
聞くところによると、新年早々、茶摘みに茶山の里に入ったらしい、入山は土の中で冬眠の虫たちが起こし目覚めさせ、里山は春風におおわれる。

天子がぜひとも陽曹フ茶を啜りたいと思召しておられる。しかし、百草はあえて天子のために先がけて花を開こうとはしないのである。
天子に求められる仁徳による教化と同じように、人の知らないところで茶樹に真珠のような蕾をつけるものであり、そうであれば春に先駆けて黄金色の新芽を吹き出すのである。
鮮葉を丁寧に摘み、焙煎、揉み込み香り立つ茶の持つものをその中に心を込めて封じ込めるのである。それがもっともすぐれているものであり、最も好まれているものである、それをけっして奢りとしない。
まず、紫門を閉じ俗客が入ってこれないようにするのでゆっくり茶を楽しめる。頭巾で頭を包み、邪念を拂う、そして貰った茶葉を自ら煎じて啜る。
碧雲の湯気が茶湯から風に引かれるようにわいて止むことはない、白い花(雪)のような茶の泡が光を放つように茶碗の周り表面に満面に浮んでいる。


一碗目のお茶をすすると、まず口に広がりのどがうるおう。二碗目は、いまだ捨てきれず一人もだえている煩悩に悶々としているのを破ってくれる。
三碗目のお茶は、文才のない私の腸にしみわたり、探り出してくれ、経論五千巻が込められた茶により、詩文を蘇えらせてくれる。
四碗目のお茶は、体の中を駆け抜けて軽い汗となって発散する、何事にも平常心でむかうべきところなのに平時のことではないことになり、それぞれの毛穴から噴出してゆく。
五碗目には体の中の不純物が発散されたので肌や骨まで清らかになる、六碗目になると、ただ事ではなく仙界や霊域に行きついてしまう。
七碗目は仙界と霊域に達したからには口にして啜ることはいけない、ここまで来るともう、両脇からシューシューッと爽快な風が吹き抜け新しい気分が生まれるのを感じることがわかる。
仙人が棲む蓬莱山はいったいどこにあるというのか。このお茶を飲んだうえでは、玉川子(盧仝の号)が清々しい風にのって、蓬莱山まで飛んでゆきたいものだ。
山頂に棲む仙人たちのように朝廷内の官僚は凡夫であると最下級の士を管理監督している。地位が高いというだけで清廉で気高いこととは風雨によって隔てられている。(茶を飲み、至福をむかえてもそれに驕らず仁徳を持つことが必要だ。)
仁徳なくしてどうして百万億の多くの民衆たちの命を知りうることができるというのか。そうでなければ山の頂上のような高い地位があり、峻崖のように険しいがけのような地位もある、やがて艱難辛苦に苦しむ事になるというものだ。
だから諫議大夫という地位にある君は、民衆に次のことを質問するといい。結局のところ、再び民衆の彼らが(我々がお茶を飲んで)一息ついて安らぐことができるかどうかを。(それを高級官僚にいってくれ。)




(訳注)
走筆謝孟諫議寄新茶
筆を走らせて孟諫議に新茶を届けていただいた感謝を述べる。
諫議(かんぎ)諫議大夫という官職名を示す。政治の成功と失敗を論じて、天子の過ちと政治上の問題点を諫める官職です。友人の孟諫議大夫。不明の人物であるが、宰相王涯の部下であろう。


日高丈五睡正濃、軍將扣門驚周公。
真昼の太陽がまだ高い所にあるのに昼寝をぐっすりとしてしまい孔子のように礼節を思い浮かべていたら、使いと名乗る低い地位の武官〈軍将〉が門をたたいて、孔子が夢見た周公でさえすっ飛んで私は目覚めた。
丈五五睡 日高とあるので午睡と読み替える必要がある。通常は五行思想で、夜を、一夜を五睡(更)に分け、初更(甲夜)・二更(乙夜(いつや))・三更(丙夜)・四更(丁夜)・五更(戊夜(ぼや))に五等分した称とし、このすべての時間、礼節を重んじる周公のことを夢見る夜のことを言う。したがって、丈五の「五」と「睡」で五睡=孔子=周公と連想させている。この語は下句の周公にかかっていて理想の人物孔子が夢に見続ける。○周公 礼学の基礎を形作った人物とされ、周代の儀式・儀礼について書かれた『周礼』、『儀礼』を著したとされる。旦の時代から遅れること約500年の春秋時代に儒学を開いた孔子は魯の出身であり、旦を理想の聖人と崇め、常に旦のことを夢に見続けるほどに敬慕し、ある時に夢に旦のことを見なかったので「年を取った」と嘆いたと言う。『論語、述而』「子曰甚矣吾衰也。久矣吾不復夢見周公。」(子曰く、甚だしいかな吾が衰へたる也。久しいかな吾周公を復夢に見ず)に基づいている。


口傳諫議送書信、白絹斜封三道印。
まず、口頭で孟諫議くんの書信を持ってきたと軍将がいう。その書簡は、白絹に包み、斜めに封じて、さらに三つの印が押してあった。
口傳 口頭で伝えること。奥義などの秘密を口伝えに教えを授けること。口授。また,それを記した書。『准南子 氾論訓』「此れ皆不著於法令、而聖人所不口伝也。」(此れ皆法令に著わさずして、而して聖人の口伝せざるところ也。)に基づく。○白絹 当時は白い練絹に書をしたためていた。○斜封 斜めに封緘する。○三道印 関係した人間がそれぞれ印を押すので中間の人が二人いたのだろう。


開緘宛見諫議面、首閲月團三百片。
封緘を開けると孟諫議の顔を浮かべた。親友自ら、新芽を選び摘んでくれ、たくさんの茶葉でまるい月のように團茶にして上等茶にしてくてたようだ。
月團 團茶のこと。茶葉の持つ膠質を応用し、緑茶または紅茶の茶葉の粉を蒸してから臼を使って茶葉を搗いて固め、それを成型したものの上に麹を植え付けて熟成させることによってつくられる。当初は、団子状の形状をしていた。唐代には朝廷への献上品(貢納茶)でもあり、貴族らに愛飲された。團茶という名勝は宋時代からなので、盧仝らが名づけ広まったものであろう。○首閲 茶のツボミが竜の頭のようであったため、摘む際によく選んだということ。ウーロン茶の語源もここにある。○三百片 たくさんの茶葉ということ。焙煎して丸く固めて、麹菌で熟成させたものである。


聞道新年入山里、蟄虫驚動春風起。」
聞くところによると、新年早々、茶摘みに茶山の里に入ったらしい、入山は土の中で冬眠の虫たちが起こし目覚めさせ、里山は春風におおわれる。
○蟄虫【ちっちゅう】地中にこもって越冬する虫。『詩経』『禮記、月令』

天子須嘗陽葬メA百草不敢先開花。
天子がぜひとも陽曹フ茶を啜りたいと思召しておられる。しかし、百草はあえて天子のために先がけて花を開こうとはしないのである。
陽葬 陽曹ニは晋の時代の県名、現江蘇省無錫市に位置する宜興で作られた茶をいう。急須は美しい青色の紫沙壺である。○ 須+動詞すべからく~すべし。ぜひとも~が必要だとする。このばあい。嘗める。


仁風暗結珠琲蕾、先春抽出黄金芽。
天子に求められる仁徳による教化と同じように、人の知らないところで茶樹に真珠のような蕾をつけるものであり、そうであれば春に先駆けて黄金色の新芽を吹き出すのである。
仁風 仁徳による教化。『後漢書、章帝紀』「仁風行於千載」に基づく。
 

摘鮮焙芳旋封裹、至精至好且不奢。
鮮葉を丁寧に摘み、焙煎、揉み込み香り立つ茶の持つものをその中に心を込めて封じ込めるのである。それがもっともすぐれているものであり、最も好まれているものである、それをけっして奢りとしない。
 新鮮、鮮少、芳鮮などの意味を持つ。○焙芳 焙煎して、揉みこむときに水分を飛ばし、一気に月團に固め、芳香を封じ込め、麹菌により、熟成される。○旋封裹 窯というか臼のような中で手もみし、そのときぐるぐる旋回させ、茶の良さを封じ込める。○至精 もっともすぐれていること。『易経、繋辭上』「非天下之至精、其孰能與於此。」(天下の至精に非ず、其れ孰【いずれ】か能くここに与らんや。)


柴門反關無俗客、紗帽籠頭自煎吃。
まず、紫門を閉じ俗客が入ってこれないようにするのでゆっくり茶を楽しめる。頭巾で頭を包み、邪念を拂う、そして貰った茶葉を自ら煎じて啜る。
柴門 柴で作った粗末な門。羌村三首 其二 杜甫 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ 杜甫特集700- 221「柴門鳥雀噪,歸客千裡至。」(柴門【さいもん】 鳥雀 噪【さわ】ぎ、帰客千里より至る。)○籠頭 茶席の禅語「脱却籠頭卸角駄」(籠頭を脱却し角駄を卸す)團茶の種類。團龍。團鳳。 


碧雲引風吹不斷、白花浮光凝碗面。」
碧雲の湯気が茶湯から風に引かれるようにわいて止むことはない、白い花(雪)のような茶の泡が光を放つように茶碗の周り表面に満面に浮んでいる。
碧雲 青みがかった色の雲。青雲。茶を入れると湯気が立つことをいう。○白花 茶の泡をいうがいいものは雪のように白いものが上等とされている。


一碗喉吻潤、兩碗破孤悶。
一碗目のお茶をすすると、まず口に広がりのどがうるおう。二碗目は、いまだ捨てきれず一人もだえている煩悩に悶々としているのを破ってくれる。
孤悶 一人もだえる。儒者であり、禅に傾倒している盧仝であるから、自ら捨てきれていない煩悩について悶々としていることをいう。


三碗搜枯腸、唯有文字五千卷。
三碗目のお茶は、文才のない私の腸にしみわたり、探り出してくれ、経論五千巻が込められた茶により、詩文を蘇えらせてくれる。
枯腸 思慮のないこと。文才のないこと。干からびた腹わた。うえたはら。○五千卷 経論五千余巻のこと。茶の生れは仏教とのかかわりが多く茶を焙煎し熟成することは、経を讀み修行をすることの中で行われた。○この聯は文才のない自分に経論五千余巻を読みながらつってくれたお茶の神髄が文才のない作者自身に才能をもたらせてくれるというもの。経論五千余巻を将来したものが僧正となる。経論とは仏の教えを記した経と、経の注釈書である論。『梁書、謝擧傳』「為晉陵郡時、常與義僧遞講経論」(晉陵郡を爲むる時、常に義僧と経論遞【たが】ひに講ず)現在でも茶をつくのは寺院でする場合が多くお経を唱えて焙煎している。


四碗發輕汗、平生不平事、盡向毛孔散。
四碗目のお茶は、体の中を駆け抜けて軽い汗となって発散する、何事にも平常心でむかうべきところなのに平時のことではないことになり、それぞれの毛穴から噴出してゆく。
平生 普段。日頃。平常。『論語、憲問』「久要不平生之言、亦可以為成人矣。」(久要に平生の言を忘れざるは、また、聖人と以て為すべし)○不平事 ここは不平ではなく、平常が平常でないことをいう。(平静=平常=平時=平事)同意語を否定につかことで尋常でないことが強調されるのである。不平不満理解すると意味は矮小化される。


五碗肌骨清、六碗通仙靈。
五碗目には体の中の不純物が発散されたので肌や骨まで清らかになる、六碗目になると、ただ事ではなく仙界や霊域に行きついてしまう。
肌骨清 発汗作用が体内の不純物を出してくれること、利尿作用も漢方における原則的なことである。○仙靈 仙界(伝説的な仙人の世界、道教の世界)と霊域(神仏を祭る神聖な世界)


七碗吃不得也、唯覺兩腋習習清風生。
七碗目は仙界と霊域に達したからには口にして啜ることはいけない、ここまで来るともう、両脇からシューシューッと爽快な風が吹き抜け新しい気分が生まれるのを感じることがわかる。


蓬?山、在何處?玉川子乘此清風欲歸去。
仙人が棲む蓬莱山はいったいどこにあるというのか。このお茶を飲んだうえでは、玉川子(盧仝の号)が清々しい風にのって、蓬莱山まで飛んでゆきたいものだ。

蓬莱山 神仙三山(蓬莱・方丈・瀛州)の一つ。唐大明宮内の大掖池に蓬莱山があり、蓬莱殿があった。盧仝は仙界を朝廷の比喩として使っているのである。

山上群仙司下士、地位清高隔風雨。
山頂に棲む仙人たちのように朝廷内の官僚は凡夫であると最下級の士を管理監督している。地位が高いというだけで清廉で気高いこととは風雨によって隔てられている。(茶を飲み、至福をむかえてもそれに驕らず仁徳を持つことが必要だ。)
群仙 多くの仙人。『文選、木華、海賦』「群仙縹眇、餐玉C涯。(群仙 縹眇として、玉をC涯に餐す)」翰林学士。『琵琶記、春宴杏園』「引領群仙下翠微、杏園惟後の題詩に有るのみ。」(領して群仙を引き翠微を下る、杏園 惟だ有後題詩)ここでは山の上にいる多くの仙人に比喩した旧手の官僚を指すもの。○ 職務とする。管理監督する。○下士 凡夫。愚か者。


安得知百万億蒼生命、墮在?崖受辛苦。
仁徳なくしてどうして百万億の多くの民衆たちの命を知りうることができるというのか。そうでなければ山の頂上のような高い地位があり、峻崖のように険しいがけのような地位もある、やがて艱難辛苦に苦しむ事になるというものだ。
蒼生命 民衆の命。○?崖 山の頂と峻崖


便為諫議問蒼生、到頭還得蘇息否?
だから諫議大夫という地位にある君は、民衆に次のことを質問するといい。結局のところ、再び民衆の彼らが(我々がお茶を飲んで)一息ついて安らぐことができるかどうかを。(それを高級官僚にいってくれ。)
○盛唐の玄宗以来、仁徳をもって政治にあたることがなくなったこと、特に、朝廷内において、官僚のみならず、宦官の腐敗頽廃により、民衆は苦しんでいたことを述べている。




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